小田真央*・北田幸音*・木下碧*・櫛田博子*・中尾加奈*・山根朋香*・阿部新**
*山口大学国際総合科学部4年生、**山口大学国際総合科学部教授
1.はじめに
経済成長とともに生産、消費が拡大し、社会にモノが溢れるようになる。一方で、物質的に豊かになると、消費を控え、モノを持たない動きも観察される。若者の車離れと呼ばれるものには、そのような時代の動きが関係しうる。
阿部(2021)では、日本自動車工業会の『乗用車市場動向調査』を用いて日本の乗用車の保有率の変化を示した。そこでは1990年代末頃から世帯の乗用車保有率が横ばいで推移しており、車離れの様子は感じられなかった。
ただし、乗用車保有世帯の複数保有率が減少しており、その意味での車離れがあると言える。地域別に見ると、確かに東京23区を中心として都市部の乗用車保有率は低いが、減少傾向とは言い切れない状況である。
一方、阿部(2021)では世代別の違いは示していない。果たして若者の車離れは本当なのだろうか。本稿では、まず、若者の消費離れ、車離れに関する議論を確認する。そして阿部(2021)に続いて、日本自動車工業会の『乗用車市場動向調査』を中心に若者の車離れに関わるデータを確認し、どのような研究課題があるかを整理することとする。
2.若者の消費と車離れに関する文献
若者が消費をしないということに関する文献は、若者論やマーケティング論の中で論じられている。まず、松田(2009)は「嫌消費」という言葉を用いて、若者の消費の減退を説明している。それによると、消費がステータスであったバブル世代に対して、1980年近辺に生まれたバブル後世代が嫌消費世代にあたるという。
そこでは、嫌消費の要因として、(1)低収入、(2)収入見通しの悪化、(3)非正規雇用労働者の増加、(4)借入制約の影響、(5)予備的貯蓄、(6)地方の経済状況、(7)将来への「不安」の拡大を挙げている。これらは主として金銭的に不安定の状態であると言える。バブル崩壊後に安定した職および収入が得られない中、車の購入を控えることは十分に想定できる。
同じ時期に刊行された山岡(2009)は、2000年代後半時点の20代を若者として論じている。同書では、現在の若者は単に節約したい訳ではなく、モノ自体、あまり欲しくないと述べている。車においてもインタビューにより「お金があっても、車に使うのがもったいない」としている。消費支出や貯金の各項目で、車の優先順位が低下しているということであり、金銭的な要因以外のものになる。
一方、山岡(2009)は、以前よりも車でなければ行くことができない地域は増えているとしている。車が必要なのは確かであるが、消費財としての魅力の低下を問題視し、それを「差異表示記号」としての車の役割低下と述べている。つまり、それ以前は車が社会的地位などの他者との差異を示すものとして重視されていたが、その機能が弱まってきたということである。
山岡(2009)によると、日本では高度経済成長期に、より豊かな生活を目指していたため、車は努力の結果とされていた。そして、1970年代後半に便利さは行き渡り、車はライフスタイルの象徴になったという。
その後、バブル経済を経験した後、2007年に日本では消費社会の象徴であるはずの車の「差異表示性」から脱却したとある。金銭的に不安定な中、「差異表示性」に関心はなくなり、その観点から無理に車を買うということをしなくなった、ということなのだろうか。
そして、山岡(2009)は、消費の傾向は、買うことや所有する喜びから、体験、コミュニケーションのニーズへと変わったとしている。ある程度、将来に備える意識を持ち、欲しいものがあまりない状態となり、自然と貯金になるという。若者は、あまり消費せず、自宅と周辺で暮らし、近代的な価値観よりも伝統文化重視になったと述べている。
上記の2つの文献は2009年のものであり、リーマンショック後の世界的な不況下で出されたものである。これに対して、最近に書かれたものとして、堀(2016)がある。ここでは、ゆとり・さとり世代の価値観として、安くていいモノが当たり前としている。
また、「若者の○○離れ」という表現については、若者が離れているということだけではなく、若者から離れていっているという図式を指摘している。つまり、若者は消費をしなくなったのではなく、消費のしどころが変わっただけであり、消費自体はしているというのだ。そして、そのようなミスマッチが起きている現状を理解することの重要性を述べている。
さらに堀(2016)は、「シミュレーション消費」という用語を用い、若者が情報収集しているだけで体験した気になって満足し、リアル消費をしないとも述べている。その背景としては、SNSを通してかつてないほどのリアルな情報が大量に流通していることに言及している。
確かにSNSを含めると溢れるほどに情報があり、少しでもネガティブな情報があれば消費に迷いが生まれることはある。それは現代の特徴として説明でき、また車の購入にも当てはまるかもしれない。
近年は、自動車業界、モビリティ市場の変化を捉える文献が多く出ている。そのような中、桃田(2018)では、都市化により都市部の交通渋滞が激しくなること、ローン、税金、燃料代、駐車場代、高速料金など乗用車を使用する上で費用がかかることにより、乗用車の所有意欲が薄れると指摘している。
また、人と自動車、自動車と社会の関係性が変化し、利用者が楽しさよりもコストと利便性を優先するようになってきたとも述べている。その結果、自動車という商品自体がネタ枯れしてきたという。
また、鈴木(2019)においても、車に対する価値観の変化があり、車選びの基準が「操作性」から「居住性」になってきているとしている。運転する楽しさよりも車内空間の快適さに重きが置かれ、同乗する妻や子供の意見が尊重されるようになったとある。車に対する執着心が薄れたり、お金をつぎ込みたくないのであって、車に乗りたくないのではない。豪華で高性能な車よりも、環境に配慮し未来を見据えた車が求められるというのである。
3.若年者の自動車保有率は下がっているのか
上記のように、若者の消費の変化、車離れを指摘する文献は多くある。そのような言論が盛んなのは実際に周囲でそのような変化が観察されるからなのかもしれない。確かに前節で示した時代の変化について共感できるものもある。しかし、一部の地域、階層で変化はあっても、全体として若者の車離れが進んでいるかどうかは何とも言えないところがある。
阿部(2021)で用いられた日本自動車工業会の『乗用車市場動向調査』では、年齢別の乗用車保有率は示されていないが、ライフステージ別の保有率は示されている。ライフステージは、独身期、家族形成期、家族成長前期、家族成長後期、家族成熟期、結晶期、高齢期の7つのカテゴリーに分かれている。まずはこれから見ておきたい。
独身期は「39歳以下の単身者」、家族形成期は「家計中心者の長子が未就学児の世帯、または家計中心者が39歳以下で子どものいない世帯」、家族成長前期は「家計中心者の長子が小・中学生の世帯」と定義される。これらに多少の差はあるだろうが、いわゆる若い世代に含まれるだろう。一般的に独身世帯よりも家族を持つ世帯の方が車の必要性は高いと考えられる。
図1は、これら独身期、家族形成期、家族成長前期の乗用車保有率を比較したものである。これによると、やはり独身期は、家族形成期、家族成長前期と比べて乗用車の保有率は低い。家族形成期が80%から90%、家族成長前期が90%前後であるのに対し、独身期は40%から50%である。独身世帯は必要性が相対的に低いということなのだろうか。
時系列的に見ると、独身期の乗用車の保有率に下降傾向は見えない。つまり、この期間では車離れの様子を確認できない。2011年までのデータであれば下降傾向と言えたかもしれないが、その後2013年に上昇している。
これに対して、家族成長前期や家族形成期は緩やかながらも、下降傾向と言えそうである。図1の期間で若者の車離れが起きているとするならば、独身よりも家族を持っている世帯になる。ただし、家族成長前期や家族形成期の保有率は元々90%前後であり、たとえ下降したにしても依然として高い。
また、下降の幅も10ポイント未満であり、これを車離れと見るかどうかである。なお、家族成長前期、家族形成期のサンプルはそれぞれ400世帯程度、600世帯前後であるのに対して、独身期のサンプル数は150世帯前後でしかない。この点も留意する必要はある。
図 1 乗用車保有率の推移(単位:%)
出典:日本自動車工業会『乗用車市場動向調査』2011年版、2013年版、2015年版、2017年版、2019年版
4.他のデータではどうなのか
上記の乗用車保有率は、阿部(2021)と同様、『乗用車市場動向調査』の2011年版以降に掲載された数値を用いている。本来であればそれ以前の例えば1990年代のデータも確認すべきだが、今回は入手できなかった。
一方、平成24年度『国土交通白書』では、「若者の暮らしと国土交通行政」をテーマとし、若者の暮らし方の変化などを示している。その中で、「動き方の変化」という項目において若者の車離れに関わるデータが示されている。
このうち、図2は同白書に示された全国および東京都の年齢階級別運転免許保有率の推移のグラフを抜粋したものである。同白書によると、これは警察庁が公表している年齢階層別運転免許(大型・中型・普通)保有者数を年齢別人口で除した割合としている。図2では、同白書で示された二次データになるが、このうち、20~29歳、30歳~39歳の運転免許保有率の推移を示している。
これを見ると、20~29歳よりも30歳~39歳の運転免許保有率の方が高いことが分かる。正確には1991年は同等だったが、それ以降に差が広がっている。また、十分に予想できるが、全国レベルよりも東京都の方が運転免許保有率は低い。
時系列的に見ると、2006年から2011年にかけて全てのカテゴリーで運転免許保有率は下降していることが分かる。1991年から2006年までの運転免許保有率の傾向は様々であるが、30~39歳は上昇または横ばい、20~29歳は横ばいまたは下降と捉えることはできる。
ここで2011年の運転免許保有率の下降を見て車離れが進んでいると言えるかどうかである。前節で示した図1では、独身期の乗用車保有率が2011年までは下降傾向だったが、2013年になって逆に大きく上昇していた。
阿部(2021)においても、東京23区の乗用車保有率は2011年から2013年にかけて上昇していた。同じようなことが運転免許保有率にも起きているかどうかである。これについては一次データ(都道府県別の年齢階層別運転免許保有者数と年齢別人口)を丁寧に正確にとらえる必要がある。
図 2 年齢階級別運転免許保有率(単位:%)
出典:平成24年度『国土交通白書』より抜粋(1次データ:警察庁「運転免許統計」)
一方、図3は同じく平成24年度『国土交通白書』に示された、1999年から2009年までの世帯形態別自動車保有率である。これは総務省の全国消費実態調査をもとに作成されたものである。同調査では、単身世帯と二人以上の世帯に分けてデータが示されている。つまり、家族を持つ者とそうではない者の自動車保有率の違いが観察できる。
これを見ると、二人以上の世帯の保有率は単身世帯より高い。これは図1と同じような結果であり、やはり必要性が高くなるのだろう。また、二人以上の世帯、単身世帯ともに30歳未満よりも30~39歳の年齢層の方が保有率は高い。これは所得の影響と言えるのではないだろうか。
時系列的な変化は全体的に1999年から下降傾向にある。この範囲の限りでは、車離れが進んでいると見ることはできるだろう。一方で、図にはないが、40歳以上については、上昇の様子が観察される。この点で「若者」の車離れという見方は成立する。
ただし、図2と同じように2009年以降の状況を確認する必要がある。一次データ(全国消費実態調査)を見る限りでは、「普及率」という表記がされており、また該当するカテゴリーの数値も図3のものと少々異なっている。しかし、図3においてどの数量を用いたかを含めて、今後丁寧に確認しておきたい。
図 3 世帯形態別自動車保有率(単位:%)
出典:平成24年度『国土交通白書』より抜粋(1次データ:総務省「全国消費実態調査」)
5.離れたいのか、離れざるを得ないのか
阿部(2021)でも触れたが、『乗用車市場動向調査』では、乗用車のほか、バン、トラックを含めた四輪自動車についても保有の有無を聞いており、保有しない世帯の割合(非保有率)を示している。
それを見ると、図1と同じような構造となっていることが分かる。つまり、家族形成期や家族成長前期でわずかながら車を手放す傾向にある一方で、独身期はそのような傾向にあるとは言い難い。
同調査では、この四輪自動車の非保有世帯に対して、車保有の経験があるかどうかを聞いている。十分に予想できるように、独身期や家族形成期の世帯は車保有の経験がないことが多い。2019年では、保有の経験がない非保有世帯は全体で58%であるのに対して、独身期で87%、家族形成期で72%と高い。
このように、ともに高い数値となっており、独身期の方が家族形成期を上回る構造は他の年でも同様である。なお、時系列的な変化においては増減を繰り返しており、これだけで保有経験の傾向は判断できない。なお、各ライフステージのサンプル数は100世帯を下回るものである。
また、四輪自動車の非保有世帯の今後の購入意向については、「購入予定がある」と答えた世帯は全体で6%であるのに対して、独身期、家族形成期はそれぞれ12%、18%である(2019年)。
現時点で金銭面など何らかの理由で保有をしないという選択をしているため、購入予定がないのは当然であるが、それでも若い層の方が購入意向は高い。この構造は他の年でも同様である。なお、サンプル数が少ないのは保有経験と同じであり、時系列的な変化における傾向は見えない。
この購入意向において、「購入するかどうかは未定」とした世帯は、全体、独身期、家族形成期でそれぞれ33%、46%、54%である。購入意向はなく、「自分、家族は誰も欲しいとは思っていない」と回答したのは、全体、独身期、家族形成期はで61%、42%、28%である。現時点で購入予定はないとしても、若い層の方に迷いがあり、車を欲しくないわけではない様子が窺える。この構造は他の年も同様である。
同じ非保有世帯に対する「そもそも車を保有したいか」という質問については、2019年は、全体では35%が「保有したい」としている中で、独身期、家族形成期はそれぞれ57%、67%と半数以上が「保有したい」と回答している。2017年も全体(29%)に対して、独身期(40%)、家族形成期(51%)の方が車を「保有したい」としている。
やはりサンプル数は100世帯を下回り、少ないものの、全体と比べると若い世代の潜在的保有意欲は高い。他の年(2015年、2013年、2011年)も同様の構造である。若者は一方的に車から離れているわけではなく、車を購入、保有する意欲はあるものの、何らかの事情で車から離れざるを得ないのではないだろうか。
なお、独身期、家族形成期の比較では、いずれの年でも家族形成期の潜在的保有意欲が高い。より現実的に家族形成期において車の必要性が高いなどの状況が考えられる。
同調査では、これら非保有世帯に対して非保有の理由も聞いている。2019年のその主な理由を示したものが図4である。それを見ると独身期と家族形成期では事情が異なることが分かる。金銭的な負担はいずれも全体と比べると高いが、独身期と比べると、家族形成期では金銭的負担が大きな理由であることが分かる。独身期で相対的に高いのは「使う用途がなくなる・ない」「特にない」というものである。
この事情は、2017年、2015年、2013年も同様である。これらを見ると、家族形成期では独身期よりも車が必要であるが、金銭的な理由などで買うことができない状況が想定できる。同じ若者でも独身期と家族形成期で分けて考える必要がある。
図 4 車の非保有世帯に対する非保有の主な理由(2019年、複数回答、単位:%)
出典:日本自動車工業会(2020)
6.車があることで何が変わるか
『乗用車市場動向調査』では、2015年版、2017年版、2019年版で20代以下の若年層に焦点を当てた分析を行っている。そこでは、車の保有者に対しては、全体で行われた訪問調査から若年層の結果を抽出し、主な用途や使用頻度、購入時に重視する要素などの若年層特有の傾向を示している。また、追加でウェブ調査を行い、主に車の非保有者に対して、車への関心、購入意向、車のイメージ、消費や買い物事情などを調査している。
ウェブ調査のサンプル数は1000名である。このうち、社会人で主運転車のない者(社会人・主運転車なし層)が800名、社会人で主運転車のある者(社会人・主運転車あり層)が100名、大学生・短大生(以下まとめて「大学生」とする)で主運転車のない者(大学生・主運転車なし層)が100名である。「主運転車」は「主に運転している車」とされ、やや分かりにくいが、本稿では「所有の有無に関わらず、その者が自由に使用できる車」と解釈して進めることにする。
まず、2019年に社会人・主運転車なし層に対して、車に対する関心を聞いたところ、関心があると答えたのは37%と低い。そもそも関心がないため、主運転車を持たないという状況、あるいは運転する機会がないため、関心がないという状況は想定される。
その中で、世帯の保有の有無で区分すると、世帯を保有している若年者(社会人・主運転車なし層)の関心度は47%と比較的高くなる。これに対して、世帯を保有していない若年者(社会人・主運転車なし層)の関心度は34%である。この構造は2015年、2017年も同様である。主運転車のない世帯保有者の関心度は比較的高いと言えそうである。
サンプル数はそれぞれ100名と少ないが、主運転車のある社会人、主運転車のない大学生にも同様の質問をしている。これを見ると車に関心があると答えたのは前者で72%、後者で45%であり、主運転車のない社会人の37%と比べると高い。この構造は2017年も同様である(2015年は数値が示されていない)。
車に関心を持つことがきっかけで車を保有することはある。あるいは、何らかのきっかけで車を保有し、運転する経験が積まれることで関心が出てくるということもある。よって、主運転車のある社会人に車の関心度の高い者が多く含まれるのは自然である。その結果、主運転車のある社会人は、主運転車のない社会人よりも関心度が高くなる。
大学生については、社会人と比べると車に関心があっても金銭的な理由で保有できないという事情があるだろう。よって、主運転車のない社会人よりも関心度が高いのは納得する結果である。
図5は、主運転車のある社会人と主運転車のない社会人に対して、車のイメージについて聞いたものである。サンプル数の違いはあるが、これを見ると、その有無によって異なることが分かる。
まず、主運転車のない社会人よりも、主運転車のある社会人の方が上回っている項目を見てみたい。その差の程度の大きい順から「生活に楽しみと潤いが持てる」「気持ちいいスピードで爽快感が楽しめる」「操作する楽しみがある」「自分のライフスタイルやセンスを表現できる」「自分の社会的地位を表現できる」が挙げられる。
これらはいずれも車に対するポジティブな見方であり、主運転車のない社会人が相対的に感じないイメージである。いわゆる車好きの見方なのかもしれないが、車を運転するようになったことで生まれた感覚の場合もある。
つまり、運転経験、保有経験によって変わる要素でもあるかもしれない。他にも「早朝や深夜など、どんな時間でも移動できる」「気軽な格好で外出できる」なども主運転車のない社会人が気づかない要素の可能性はある。
反対に、主運転車のある社会人よりも、主運転車のない社会人の方が上回っているものとしては、その程度の差の大きい順から「電車やバスでは行けないようなところに行ける」「都市を自由自在に動き回れる」「好きな異性と時間を共有できる」「ガソリンなど維持にお金がかかる」「事故などのリスクが高い」が挙げられる。
負担や事故などのネガティブなイメージもあるが、必ずしもそれだけではなく、ポジティブなイメージもある。これらは主運転車のある社会人は、相対的に重視しない項目である。
上記のうち、「ガソリンなど維持にお金がかかる」は、主運転車のない社会人で最も多かったイメージでもある。金銭的な理由で車を持たない者もいるため、維持費のイメージが強いというのは自然とも言える。また、車の保有経験がなく、先入観で維持費の負担がかかるというイメージを高く持っている者もいるかもしれない。
後者の場合、実際は予想されるほど維持費の負担には困らない、あるいはそれ以上に車の利便性が高いということもあるだろう。その場合は、実態を示すことでその壁が低くなる可能性はある。同じように「事故などのリスクが高い」についても運転に慣れることで変わってくるのかもしれない。
一方、同じ経済的なイメージとして、「他の交通機関より経済的である」という項目があるが、これは主運転車のある社会人のイメージが相対的に高い。主運転車のない社会人はその経済的メリットに気が付いていないということなのだろうか。「早く行けて時間を節約できる」なども同様のことである。
なお、同じ費用負担でも、「購入するのに多くのお金がかかる」は主運転車のある社会人、ない社会人ともに高いイメージを持っている。主運転車のある社会人においては全てのイメージの中で最も高く、主運転車のない社会人も2番目に高いイメージである。これは維持費のように実態を示したところでその壁が低くなるものとは思えない。
図 5 車についてのイメージ(2019年、複数回答、単位:%)
出典:日本自動車工業会(2020)
7.まとめと課題
本稿では、若者の車離れに焦点を当て、関連する文献や資料をサーベイし、その実態を観察した。第2節で見たように、様々な文献で若者の消費行動の変化や車離れが語られているが、それは周囲で起こっている部分的な事象なのか、日本全体の事象なのかつかみにくい。本稿で見たデータは、乗用車保有率や運転免許保有率であり、日本全体を捉えるものになるが、この限りでは、若者の車離れは断言できるほどのものではなかった。
車離れがあるとすると、独身世帯よりは家族を持っている世帯において緩やかに観察される(図1)。つまり、世帯の構成を分けて議論すべきである。また、独身世帯でも特に東京都のような大都市で部分的に観察される(図2)。今回見た地域別のデータは運転免許保有率になるが、期間をもう少し広げてその傾向を慎重に観察する必要がある。
若者が車を持たないというのは、今に始まったこととは思えない。所得水準が低いことにより車を待ちたくても優先されないという事情はある。そのため、独身世帯や大都市において車を保有しないということは十分に説明できる。
家族を持っている世帯は、そもそも車の保有率が高く、乗用車保有率は下がっているとしても依然として80%台と高い(図1)。これを以って車から離れていると言えるかどうかである。
車非保有世帯のうち、家族形成期が重視するのは維持費などの金銭的な負担である(図4)。購入意向もなくはなく、潜在的保有意欲も高く、必要性を感じながら金銭的な理由で保有しないという構造が想定される。
また、若年層の特徴として車保有の経験がないということがある。それは実際の負担感が分からず、先入観により負担を過度に捉えている可能性もある。同様に、車保有の経験がないことで、それから得る便益を体感しておらず、車保有の価値を過少に捉えているという見方もできる。第6節において、主運転車のある社会人、ない社会人で車に対するイメージが異なっていたが、それが一つの参考になる。
これらを見ると、若者が車から離れているというよりは、「車から離れざるを得ない」あるいは「車に辿り着いていない」と言った方が正しいようにも思える。よって、景気が良くなり、若者の職や生活がより安定化すれば、若者は車に戻ってくるとも言える。ただし、産業構造が転換する中で、車に戻らないまま、定着することもありうる。
「車に辿り着いていない」事情については、車に近づけるための方策によって辿り着くことになる。維持費などの金銭的負担を過度に捉えているのであれば、その可視化によりその便益と照らし合わせることで壁を低くする工夫などが考えられる。車保有から得る便益については、トライアルとして保有を体感させ、非保有で考えられなかった便益を生ませる工夫などが考えられる。
全体的に若者の車離れの動きは断言できるほどのものではないとはいえ、第2節で見た若者の消費離れ、車離れの動きは否定されるものではない。商品やサービスが溢れ、SNSなどで情報が無限に蓄積されている中、消費に迷いが生じるというのは現代的な要素であると考えられる。海外の動きも含めて、このような現代社会の動きについてはさらにサーベイしていく必要があるだろう。
参考文献
阿部新(2021)「自動車の保有と廃棄の構造はどうなっているか:『乗用車市場動向調査』から」『速報自動車リサイクル』https://www.seibikai.co.jp/archives/recycle/9936
鈴木誠二(2019)『自動車(クルマ)が家電になる日』あさ出版
堀好伸(2016)『若者はなぜモノを買わないのか』青春出版社
松田久一(2009)『「嫌消費」世代の研究-経済を揺るがす「欲しがらない」若者たち』東洋経済新報社
桃田健史(2018)『クルマをディーラーで買わなくなる日』洋泉社
山岡拓(2009)『欲しがらない若者たち』日本経済新聞出版
日本自動車工業会(2012)『2011年度 乗用車市場動向調査』,http://www.jama.or.jp/release/news/attachement/20120404_jouyou.pdf
日本自動車工業会(2014)『2013年度 乗用車市場動向調査』,http://www.jama.or.jp/lib/invest_analysis/pdf/2013PassengerCars.pdf
日本自動車工業会(2016)『2015年度 乗用車市場動向調査』,http://www.jama.or.jp/lib/invest_analysis/pdf/2015PassengerCars.pdf
日本自動車工業会(2018)『2017年度 乗用車市場動向調査』,http://www.jama.or.jp/lib/invest_analysis/pdf/2017PassengerCars.pdf
日本自動車工業会(2020)『2019年度 乗用車市場動向調査』,http://www.jama.or.jp/lib/invest_analysis/pdf/2019PassengerCars.pdf