山口大学 国際総合科学部 准教授 阿部新
1.はじめに
新型コロナウィルス感染症の影響により、世界経済の動きが一時的に鈍っている。消費の低迷のみならず、国境が封鎖され、貿易品の流通も相応に滞っていることが予想される。中古車輸出市場も例外ではない。どのタイミングでどの程度の影響があったのか。
今回、筆者が入手した貿易統計の最新のデータは2020年4月分である(2020年5月28日発表)。周知の通り、この4月に日本では緊急事態宣言が発出されており、それによる輸出への影響は想定される。
また、3月の段階で既に感染リスク回避の動きはあり、経済は徐々にスローダウンしていたものと思われる。また、他国を見ると3月の時点で都市封鎖がされていたところもある。
一方で、このような新型コロナウィルス感染症の影響以前に中古車輸出市場が縮小していた可能性もある。それらを考慮に入れつつ、今回は日本の貿易統計から直近の中古車輸出台数を集計し、状況を確認しておきたい。
2.直近の中古車輸出台数の状況
まず、図1は、日本の直近の中古車輸出台数(バス、乗用車、貨物車の合計)を月別に見たものである。これを見ると、やはり直近の2020年4月は大幅に減少していることが一目瞭然である。
この月は、対前年同月比で49%と半分の市場の縮小である。また、3月は同様に前年より減少しているが、4月ほどの減少幅ではなく、対前年同月比で92%である。2月は前年を上回っていたことも分かる。
図 1 日本の中古車輸出台数の月別推移
出典:財務省貿易統計より筆者集計
注:バス、乗用車、貨物車の合計。2018年、2019年は確定値、2020年は確報値。
図2は、日本の中古車輸出台数を年別に見たものである。これを見ると、ここ数年は横ばいであり、2019年は2018年よりも減少していることが分かる(対前年比98%)。
この状況から、2020年3月の減少は新型コロナウィルス感染症の影響なのか、あるいは輸入先での規制や日本の供給市場、為替レートなど他の影響なのかが分かりにくくなっている。それらをより議論する必要がある。
図 2 日本の中古車輸出台数の年別推移
出典:財務省貿易統計より筆者集計
注:バス、乗用車、貨物車の合計。2020年は確報値。
3.国別の変化
2020年4月の中古車輸出台数の減少について、国別に見てみる。図3は前年の2019年4月における上位20か国向けの中古車輸出台数を示している。これを見ると、国によってその減少の幅が異なることが分かる。
同図には対前年同月比(2020年/2019年)も示されているが、数量の多い国ではニュージーランド(16%)、チリ(29%)、ミャンマー(1%)、フィリピン(13%)が対前年同月比で大幅に低い。他にはジョージア(12%)、スリランカ(12%)、バングラデシュ(15%)、マレーシア(33%)、シンガポール(23%)の対前年同月比も低い。
これに対してアラブ首長国連邦向けの中古車輸出台数の対前年同月比は58%、ロシアは75%、ケニアは57%、モンゴルは56%である。これらの数値も大幅な減少になるが、先のニュージーランドなどと比べれば低くはない。
一方で、ウガンダは106%、モザンビークは105%と前年を上回っている。タンザニアも88%であることなどを見ると、4月の時点のアフリカ向けは他と比べて新型コロナウィルス感染症の影響が小さかったのではないかとも思われる。
図 3 日本の主要仕向地別の中古車輸出台数(4月分)
出典:財務省貿易統計より筆者集計
注:バス、乗用車、貨物車の合計。2019年は確定値、2020年は確報値。主要仕向地は2020年4月の中古車輸出台数の上位20か国
図3と同じように2020年3月の減少の状況を国別に見たものが図4である。これを見ると、数量の多い国は前年より減少しているが、前年同月比は80%から90%程度であり、4月の状況とは異なる。
タンザニアやミャンマー、スリランカなどは前年を上回っている。一方で、ジョージア、シンガポール、ボツワナのように前年を大きく下回っているところもある。
これらを見ると、3月の時点では中古車輸出市場における新型コロナウィルス感染症の影響はあまり大きくはない。多少の減少があったのは、3月の後半になって新型コロナウィルス感染症の影響が出てきたということなのかもしれない。
あるいは、その影響はなく、単に為替レートや国内の中古車の供給市場などの影響で減少したことも想定する必要はある。一方で、大きく減少したジョージアなどは、輸入規制などの個別の状況を調べる必要がある。
図 4 日本の主要仕向地別の中古車輸出台数(3月分)
出典:財務省貿易統計より筆者集計
注:バス、乗用車、貨物車の合計。2019年は確定値、2020年は確報値。主要仕向地は2019年3月の中古車輸出台数の上位20か国
4.それまでの中古車輸出市場の傾向
図2で示したように、2019年の中古車輸出台数は2018年よりも減少している。つまり、新型コロナウィルス感染症の影響以前に中古車輸出市場が縮小しているという見方もできる。中古車輸出台数は国により季節性がある場合がある。それを考慮し、増加・減少の傾向を見ていく。
図5は、主要仕向地別の各月の中古車輸出台数について12か月分の移動平均の推移を示している。主要仕向地は2019年の中古車輸出台数が5万台を越えている9か国である。また、12か月分の移動平均は、ある月について12か月分遡り、その12か月の平均を算出したものである。
図 5 日本の中古車輸出台数の12か月移動平均の推移(主要仕向地別)
出典:財務省貿易統計より筆者集計
注:バス、乗用車、貨物車の数量を過去に遡り、12か月分を平均したもの。2019年は確定値、2020年は確報値。主要仕向地は2019年の中古車輸出台数の上位9か国
例えば、2020年2月分の数量は、2019年3月から2020年2月までの12か月分の中古車輸出台数の平均値を示している。これにより、年間ベースでどのタイミングで傾向が変わったかを見ることができる。
これを見ると、アラブ首長国連邦向けは、2019年は増加傾向にあったが、2020年になって横ばいになっていたことが窺える。また、ニュージーランド向けは減少傾向にあったが、2019年5月頃からほぼ横ばいになった。一方で、ロシア向けは右肩上がりで増加が続いていたことも分かる。
図にはないが、ロシア向けは2016年7月から増加傾向となり、その頃と比べると市場は3倍近くになっていた。このような中、それらの3か国の直近の中古車輸出台数は減少傾向に転じている。偶然もあるだろうが、その減少は新型コロナウィルス感染症の影響と見ることはできる。
それ以外の国では、ミャンマーも上記と同様で増加傾向にあったが、4月に減少傾向に転じており、同様の新型コロナウィルス感染症の影響であると言うことはできる。一方で、チリやケニア、モンゴル、タンザニア、南アフリカは既に2019年の段階で減少傾向にあり、別の見方をする必要がある。
その他の国として、図5にはないが、2020年3月(図4)の時点で対前年同月比の低かったジョージア、シンガポールについては、やはり既に2019年9月から減少傾向になっていたことが分かった。
ボツワナも2020年1月から減少傾向である。つまり、新型コロナウィルス感染症以外の要因で減少していたことを考える必要がある。一方で、2020年4月(図3)になっても対前年同月比が100%を超えていたウガンダは2019年6月から、モザンビークは2017年5月から増加傾向であった。これがその後どうなるかも注目される。
日刊自動車新聞の2020年4月7日付記事では、チリが3月18日に、ロシアが3月30日に陸路と海路それぞれでの国境を閉鎖し、日本からの自動車の輸出がすべてストップしたことが記載されている。
同じようなことはミャンマーもあるようで、3月19日に陸路、21日に空路が相次いで封鎖され、海路も同様に封鎖される懸念が出ていると記述されている。つまり、新型コロナウィルス感染症の影響で人の移動のみならず、モノの移動にも規制がかけられている。
また、上記のような輸入の規制ではなく、都市封鎖の影響もある。先の記事によると、ニュージーランドでは、都市封鎖の影響で同国内の完成車輸送が出来ず、港湾に到着した中古車を販売店に届けられないということが言及されている。
これらにより、3月の段階で新型コロナウィルス感染症の影響が出始め、3月の輸出台数の減少にはその要因が含まれることが窺える。
5.単価は下がったか
輸出量が減少すれば、国内の供給が超過し、価格が下がることは想定される。輸出される中古車の単価は、貿易統計上の金額を数量で割ることで算出できる。先の流れから、2020年3月の段階で中古車輸出市場に新型コロナウィルス感染症の影響があったことが推測されるが、単価についても相応の低下があったかどうかである。
輸出される中古車の単価は、車種(バス、乗用車、貨物車)や排気量によって異なるため、貿易統計での集計では、品目を車種や排気量により、できる限り細分化することで、より実態にあった金額を出すことが重要である。
また、年式も価格の違いに影響するが、日本の貿易統計では年式による区分はできないため、仕向地(国)による区分をしておきたい。仕向地によって年式規制や需要に違いがあり、同じモデルでも輸出される年式が異なることがあるからである。
表1は2020年4月の「仕向地・品目」の組み合わせにおいて、数量の多かった上位10組を示したものである。これを見ると、仕向地ではアラブ首長国連邦やロシア向けが多く、品目では1000cc超1500cc以下のガソリンエンジン乗用車が多いことが分かる。そして、図6はこの表1の10組の単価(金額/数量)について2020年1月からの推移を示している。
表 1 2020年4月の中古車輸出台数(主要国別・主要品目別)
仕向地 | 品目(車種,エンジンタイプ,排気量) | 数量(台) | |
(1) | アラブ首長国連邦 | 乗用車(ガソリンエンジン,1000cc超1500cc以下) | 3,694 |
(2) | モンゴル | 乗用車(ハイブリッド(ガソリンエンジン)) | 2,428 |
(3) | ロシア | 乗用車(ガソリンエンジン,1000cc超1500cc以下) | 2,299 |
(4) | アラブ首長国連邦 | 乗用車(ガソリンエンジン,1500cc超2000cc以下) | 2,152 |
(5) | ロシア | 乗用車(ハイブリッド(ガソリンエンジン)) | 1,958 |
(6) | ケニア | 乗用車(ガソリンエンジン,1000cc超1500cc以下) | 1,764 |
(7) | チリ | 乗用車(ガソリンエンジン,1000cc超1500cc以下) | 1,416 |
(8) | ロシア | 乗用車(ガソリンエンジン,1500cc超2000cc以下) | 1,258 |
(9) | タンザニア | 乗用車(ガソリンエンジン,1000cc超1500cc以下) | 1,202 |
(10) | アラブ首長国連邦 | 乗用車(ガソリンエンジン,2000cc超3000cc以下) | 881 |
出典:財務省貿易統計より筆者作成
注:確報値。仕向地と品目の組み合わせにおいて数量の多い上位10組を示したもの
図 6 日本の輸出中古車の単価の推移(金額/台数:単位千円)
出典:財務省貿易統計(確報値)より筆者集計
注:(1)~(10)の番号は表1の「仕向地・品目」の各組み合わせを示している。
これを見ると、全ての組み合わせで2020年3月から4月にかけて輸出単価が下がっている。4月の単価の多くが3月の単価の80%~90%前半である。最も下落率が高かったのは、「(10)アラブ首長国連邦向けの乗用車(ガソリンエンジン,2000cc超3000cc以下)」であり、3月の26.2万円に対して4月は80%の20.9万円である。
また、2月と3月を比べると、10組中8組が3月の単価の方が高かった。新型コロナウィルス感染症の影響は多少はあるはずだが、それ以上に需要や供給による影響があったのだろう。5月以降はさらに低下することは予想されるが、どの程度になるかは興味深いところである。
6.新車販売台数および使用済自動車台数
中古車輸出台数は、輸入国での経済状況、規制や為替レートなどのほか、輸出側の供給量にも影響すると考えられる。日本においても経済が一時的に滞っていることで新車販売に影響があれば、下取りとしての中古車の供給量が減少しうる。その結果、中古車輸出台数が減少したという見方もできる。
図7は、2018年からの新車販売台数の月別推移を示している。これを見ると、2020年4月、5月は前年を大きく下回っていることが分かる。先に見たように中古車輸出台数は、2020年4月の時点で前年同月比の49%である。
図 7 日本の新車販売台数の月別推移(バス、乗用車、貨物車の合計)
出典:日本自動車工業会『自動車統計月報』より作成
これに対して新車販売台数の2020年4月は前年同月比の71%であり、中古車輸出台数ほどではない。しかし、5月になると新車販売台数の前年同月比は55%となっている。同じ傾向になるとは言えないものの、5月の中古車輸出台数がどうなるかである。
一方、新車販売台数は、2020年3月およびそれ以前も前年を下回っている。2019年11月から2020年3月までの新車販売台数の前年同月比は90%前後で推移しており、2019年10月の前年同月比は75%である。つまり、直近の減少には新型コロナウィルス感染症以外の要因が多少あるのかもしれない。
日刊自動車新聞2020年4月2日付記事によると、2020年10月以降の新車販売台数の低迷は、消費税引き上げや大型台風被害によるものとされている。同じようなことは、同新聞の2020年1月6日、7日付記事などにおいても記述されている。
2020年はこの低迷からの回復が期待される中、新型コロナウィルス感染症による外出自粛などにより、新車販売台数がさらに落ち込んだという状況である。その回復がいつになるかであろう。
使用済み自動車台数はどうだろうか。図8は自動車リサイクル促進センターにより公表される使用済み自動車の引取工程での引取件数を月別に見たものである。これを見ると、その数量も直近は前年を下回っているが、中古車輸出台数や新車販売台数ほどではない。
先に見たように2020年4月の対前年同月比は、中古車輸出台数が49%、新車販売台数が71%だった。これに対して使用済み自動車台数は97%である。それ以前の対前年同月比も低くて2020年3月の95%である。新型コロナウィルス感染症の影響は小さいのか、あるいはタイムラグがあるのかである。
図 8 日本の使用済自動車の引取件数
出典:自動車リサイクル促進センターホームページより筆者作成
図9は中古車輸出台数(図1)と使用済み自動車引取件数(図8)の合計を月別で示したものである。また、そのうちの中古車輸出台数の割合(以下「全体における中古車輸出台数の割合」)の推移も見ている。
図 9 中古車輸出台数と使用済自動車引取件数の合計の推移
出典:財務省貿易統計、自動車リサイクル促進センターホームページにより筆者作成
注:「中古車輸出+使用済み」は中古車輸出台数と使用済自動車引取件数の合計を示す。「中古車輸出の割合」は上記の合計のうちの中古車輸出台数の割合を示す。
これによると、全体における中古車輸出台数の割合は月単位で多少の変動があり、24%から31%の間で推移している。ここには示されていないが、年間においてこの中古車輸出台数の割合は、2017年、2018年、2019年は、28.4%、28.3%、27.7%とほぼ変わらない。季節性があるものと思われる。
このような状況の中、やはり2020年4月は様子が変わっており、全体における中古車輸出台数の割合は16%である。この数値からいくつかの方向が予想できる。まず、新車販売台数の低迷により下取りが減少し、国内で不要となる自動車(中古車輸出台数と使用済み自動車台数の合計)そのものが減少していることが挙げられる。
それにより、使用済み自動車台数も減少するはずだが、中古車輸出に行くはずのものが使用済み自動車市場に流れることで使用済み自動車台数はさほど減少していない。その結果、2020年4月の全体における中古車輸出台数の割合が大きく減少している。この点はあくまでも仮説でしかなく、さらなる議論、検証が必要である。
先に見たように2020年5月の新車販売台数はさらに前年を下回っている。そのため、図9の中古車輸出台数と使用済自動車の合計は5月以降も前年より減少することは十分に予想される。一方、そのうちの中古車輸出の割合がどの程度になるかである。
7.まとめ
日刊自動車新聞の2020年4月28日付の記事では、この時期の近畿圏の中古車輸出業界の様子を報じている。これによると、世界各地向けの中古車輸出が止まっているとし、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール、スリランカの国名が示されている。
また、日経産業新聞の2020年6月10日付記事では、輸出が停滞したことで国内の在庫が増え、相場が値崩れしたことが記されている。ここでは、4月にニュージーランドのほかにアフリカへの輸出が止まったことが記されている。
先に見たように4月の時点ではアフリカ向けは大幅な減少は観察されなかった。ウガンダやモザンビークなど増加していた国もあった。それらがデータ上ではどう変わるのか、今後も貿易統計の継続的な集計の必要はある。
一方、今回は示さなかったが、中古車輸出市場や使用済み自動車市場の変動を見る際に、抹消登録台数(廃車台数)の算出が重要である。これは、前期末自動車保有台数+当期新規登録台数-当期末自動車保有台数で算出されるものであり、中古車輸出台数と使用済み自動車台数の合計の近似値になる。
この台数は500万台程度と長年言われ続けてきたが、実は2009年から2017年までの9年間は500万台を下回っている。中長期的に人口の低迷、高齢化、若者の車離れ、モビリティサービスの多様化などで抹消登録台数が減少することは想定される。しかし、この抹消登録台数は、2018年が506.0万台、2019年が506.8万台と若干であるが、増加傾向となっている。この増加は一時的なものとしてよいのか、中長期的な新たな要素が生まれているのかはまだ分かっていない。
そのような中、2020年になり、新型コロナウィルス感染症の影響で抹消登録台数は減少に転じた可能性はある。よって、2018年、2019年の傾向の要因がよりわかりにくくなっている。
抹消登録台数については、今回はデータの制約により2019年12月までのものしか算出できなかった。今後、データが公表され次第、取り組むこととするが、その際、中長期的な傾向と短期的な変動を区分して状況を見ていく必要がある。