5.他地域への流出の可能性
筆者は、新車販売業者でのヒアリングから、中古2輪車が地方に流れており、そのための2輪車を集めている者がいるという話を聞いた。それは、クアラルンプール近郊のセランゴール州シャーアラムの中古2輪車販売業者である。
同社の流通の流れは以下の通りである。まず、ユーザーは新車から3~6年のタイミングで古い2輪車を買い替える。そのタイミングは、ローン返済が終わったか、何らかの故障による。
それらを同社が買い取った後は、個人ユーザーに直接販売するか、知り合いの2輪車販売業者に販売する。後者の2輪車販売業者には1回で10台から30台の2輪車を送るそうだ。それはマレーシア全土であり、ボルネオ島のサバ州やサラワク州などにも運んでいるようである。
4輪車と比べると、2輪車は多くの台数を運ぶことができ、輸送効率は良いように思える。その意味でマレーシアに限らず、4輪車よりも他の地域の広域移動は十分にあると筆者は思っていた。
ただし、訪問した中古2輪車販売業者の販売先は、他の地域への輸送は全体の3割程度とのことで、7割が近隣への販売とのことだった。また、他の地域からクアラルンプール近郊の同社に流入することも多いようである。例えばペナンから買い取り、同社に持ってくるとのことだった。
行政区画別の人口を見ると、同社が立地するセランゴール(Selangor)州は、マレーシアの13州、3連邦直轄領の中で最も人口が多い。4輪車でもそうだが、中古車の流通は都市から地方へもあるが、その逆も多い。
例えば、日本では東京都が中古車の流出台数が最も多いが、流入台数も最も多い(阿部,2019)。つまり、人口の影響がある。この点でセランゴール州の同社周辺の住民に販売しているという話は納得した。
図 5 マレーシアの行政区画(13州、3連邦直轄領)別の人口(2019年第4四半期)
出典:Department of Statistics Malaysia, “Demographic Statistics Fourth Quarter 2019, Malaysia”
現地で聞いたところによると、中華系は子孫を残すことを重視しているという。そして、2輪車を危険なものとし、親は子に2輪車を購入することには消極的であるようである。これに対して、マレー系は中華系ほど子孫を残すことにこだわりはない。
訪問した中古2輪車販売業者が立地するシャーアラムにはマレー系の住民が多い。そのため、シャーアラムは、人口や所得水準のほか、民族構成から中古2輪車の供給地として重要なのかもしれない。
一方、ペナンの新車販売業者において下取り車の行方について聞いたが、60~70%はペナンの外であるとのことだった。クアラルンプール方面もあるという。ペナンは所得水準が高いとされる。大都市近郊の低所得者層の住む地域のほか、所得の低い地方に移動しているものと思われる。
本来であれば、これらを含めた中古2輪車の国内移動についてデータで示すべきである。しかし、これは容易なことではない。日本でさえも中古2輪車の国内移動は十分に議論されていない。今回分かったのは、州を越えて移動しているということのみである。
地方でも新車を買う層はおり、そこから発生する中古車もある。それと競合しながら、人口に応じて、ある程度の広域移動はあるものと思われる。そして、移動先の地域で使用済みとなるわけだが、その割合は今後の課題である。
なお、マレーシアからの中古2輪車の輸出の可能性について、先の中古2輪車販売業者の意見は「ない」とのことだった。その理由は、タイ、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどの周辺国では自国内で2輪車の供給が十分にあるからということだった。
マレーシア国内では新車の供給が足りていないようで、生産が追いついておらず、ヤマハの中古でも需要が高く、価格の下落もあまりないようだ。
6.長期使用および放置の可能性
使用済み2輪車の行方について、多くの関係者とのディスカッションでよく出てきた意見は、長期使用と放置の可能性であった。中古2輪車販売業者では、2輪車は新車から使えなくなるまで長くて30年は使うのではないかというものだった。そしてその後、放置される。中古2輪車販売業者であっても、使えない2輪車は買い取らないという。
そのような2輪車はしばらく放置され、しばらく経って、その子供がスクラップ回収業者に出すなどしているのではないかとのことだった。マンションの駐車場に行けば多く放置されていることを多くの訪問先で聞いた。
2019年に訪問したインドネシアの2輪車オークション会社において、かつての日本の事情を聞いたことがある。そこでは、「日本の地方では納屋に2輪車が長らく置かれていた。それをある時期に買取業者が一気に回収した」という話だった。家庭内での退蔵は日本に限らず、十分にありうる。ただし、その数量を測ることは難しいだろう。
ペナンで調査を進めている際に、住宅地で4輪車の放置車両を見かけた(図6)。ドライバーが空気が抜けたタイヤなどを見ながら次々と放置された車両を見つけた。日本でも地方にはこのような放置車両は見かける。これが日常的であることを実感した。
放置車両は撤去されないのかという質問に対して、ドライバーは「誰かが通報したら、撤去されるが、誰も通報しないのではないか」とのことだった。2輪車であればなおさらであろう。同じようなことは、クアラルンプール近郊の中古2輪車販売業者でも言っていた。
新聞記事を見ると、マレーシアでは放置車両が相応に社会問題になっていることが分かる。例えば、2017年8月8日のThe Starの記事にクアラルンプール市管轄の没収車両置場のうち2つの閉鎖が差し迫っていることが報道されている。その後の2017年10月31日のNew Straits Timesの記事では、天然資源環境省のWan Junaidi大臣が「800万台もの自動車が路上や駐車場などに放置されている」と言及したことが示されている。
この放置車両は4輪車のみを指すのか、2輪車を含むのかは分からないが、それを撤去、処理するための法制度がないことから、新たな法制度を検討するとしている。同様の記述は、2017年11月25日のNew Straits Times、FMT News、同年11月27日のPaul Tan’s Automotive Newsにもある。
その後の記事を見ると、放置・没収車両の問題については道路交通法の改正(Road Transport Bill (Amendment) 2018)により対応がなされ、抹消登録の手続きの簡素化などがされたようである(New Straits Times, 2018年12月10日;12月11日;12月12日)。
これらの記事には、交通大臣のAnthony Loke Siew Fook氏が「6万台」の放置車両がマレーシア全土にあることを言及したことも記述されている。さらに、自治体の運用ガイドラインの改正により保管期間の短縮化も進められたことも分かる(The Edge Markets,2020年1月10日)。
これらを見ると、マレーシアでは、近年になり、放置車両が社会問題化し、国や自治体主導でそれを効率的に流通させ、処理する仕組みが生まれている。放置車両の数量が「800万台」か「6万台」かは定かではないが、静脈市場に流通せず、放置、退蔵の状態にあることは現実的であるように思える。
図 6 放置車両は住宅街で容易に見つけられた(ペナン)