山口大学国際総合科学部 教授 阿部新
1.はじめに
サーキュラーエコノミーまたは循環(型)経済という言葉が飛び交っている。様々な先行研究、文献を見ると、資源の効率的な利用を目的として、リニア(または一方通行型)エコノミーからサーキュラーエコノミーに転換するというような表現がされている(Lacy and Rutqvist, 2015;科野・樹,2020;梅田・21世紀政策研究所編著,2021)。リニアエコノミーは従来なされてきた廃棄物の処分のことである。これがサーキュラーという循環の流れへ転換するという意味である。
また、EU(欧州連合)を中心に展開しているサーキュラーエコノミー政策は、成長戦略の一環と捉え、環境政策とともに経済政策でもあるという表現もされる。資源循環においては静脈産業の役割が重要だが、サーキュラーエコノミーでは、製品を設計し、資源を投入する生産者などのいわゆる動脈産業の役割が強まることが想定される。そしてシェアリングのように消費の構造変化にも注目している。
一方、SDGs(Sustainable Development Goals,持続可能な開発目標)、ESG(Environmental, Social and Governance,環境・社会・企業統治)投資という言葉も、サーキュラーエコノミーとともに、あるいはそれ以上に耳にする。それらも生産者などの動脈産業の意識を変え、廃棄物処理市場に影響を与えうる。カーボンニュートラルもそうだが、社会、経済の構造を大きく変える勢いでもある。
このような動きを経済学ではどのように捉えればよいだろうか。筆者を含めて、2000年代前半は廃棄物の処理に関する研究が溢れるほどされていた。これはリデュースやリユース、リサイクルという循環のみならず、廃棄物の処理というリニアエコノミーにも大きく関心を置いていた。そこで議論されてきた経済学的視点は、サーキュラーエコノミーの時代においてどのような議論になるかは定かではない。
本稿では、サーキュラーエコノミーをどのように捉えていくかを検討するため、阿部(2004)(2005)を中心とした廃棄物処理市場とりわけ廃棄物の不法投棄における経済学的視点を提示し、まずはその範囲でサーキュラーエコノミーを捉えることとしたい。
2.廃棄物の区分
サーキュラーエコノミーにおいては処分から再利用に転換することが想定される。そのため、廃棄物処理市場の区分において重点が変わってくると考えられる。そもそも「廃棄物とは何か」について解釈は様々である。誰かが不要として廃棄したもの(不要物)を廃棄物とする者もいるだろうし、そのうちの再利用されないものを廃棄物とする者もいるだろう。
前者は他者が必要とし、再利用する可能性もあるため、排出者個人にとっての廃棄物である。これに対して、後者は排出者のみならず、他者も不要として再利用しないため、社会にとっての廃棄物と言える。
日本の法制度では有償で売却されないもの(非有償物)を廃棄物としている。確かに有償で売却されるもの(有償物)は他の誰かが欲しいと思っているものであり、全部または一部が何らかの形で再利用されるため、廃棄物と言えないかもしれない。
しかし、有償で売却されないものでも再利用されうる。つまり、法制度上の廃棄物であっても資源として循環することがあり、社会にとっての廃棄物とは言い難いものも含まれる。
非有償物のうち、上記のように再利用される以外のものは処分される。それは焼却や埋め立てになる。焼却におけるエネルギー利用を循環とするか否かは別途議論が必要である。また、生ごみのような生分解性のものも処分されるとしても自然に還るのであれば循環と捉えることもできなくはない。この点は慎重な議論が必要である。
処分のうち自然に還るものと還らないものとに区分することができるが、サーキュラーエコノミーの議論で問題になるのは後者である。その代表的な例がプラスチックであり、サーキュラーエコノミーの議論においては重要なテーマの1つである。
以上を整理したものが表1になる。誰かが不要として廃棄したものは個人にとっての廃棄物である。そのうち、再利用されず、処分されるものが社会にとっての廃棄物である。また、法制度上では有償物と非有償物に分けられる。循環するか否かについては経済的に循環するもの(ここでは「経済循環」とする)、経済的に循環しないが自然に還るもの(ここでは「自然循環」とする)に分けられる。
表 1 廃棄物の区分のイメージ
個人にとっての廃棄物 | 再利用 | 有償物 | 経済循環 |
非有償物 | |||
処分(社会にとっての廃棄物) | 自然循環 | ||
非循環 |
出典:筆者作成
処分される廃棄物を循環する方向に転換するにはどうしたらよいか。廃棄後については、分別を徹底し、再利用しやすくすること、再利用の選択肢を広げること、再利用される製品の価値を上げることなどが考えられる。具体的には、アップサイクルのようにデザイン性を盛り込むことで価値を上げ、再生資源の利用の範囲を広げることが想定される。また、分別をより効率化するための技術発展なども考えられる。
上記の取り組みは、従来からなされてきたことであるが、サーキュラーエコノミーではそれをより高度化、一般化していくというものと考えられる。アップサイクルは流行しつつあるが、市場経済全体に浸透しているとは言い難い。消費者の意識が大きく変われば別だが、現状は従来の段階を超えている印象はない。
このような中、サーキュラーエコノミーやSDGs、ESG投資の流れから生産者が制度に頼ることなく、使用済み製品の回収や再利用に積極的になっている動きはある。また、新品において再生資源を利用する姿勢も積極的になっている。
それはカーボンニュートラルの動きとも連動し、リユースやリサイクルにより二酸化炭素の削減が示されればそのような方向が選択される。その意味では、より循環していくようにも思える。つまり、サーキュラーエコノミーやSDGs、ESG投資の動きが今後も継続あるいは発展していくことが重要である。
一方で、生産段階で自然に還る素材に変えていくという方向もある。これは生産者の環境配慮設計であり、これも従来から言われていたものである。これまでは生産者は環境配慮設計を行うインセンティブが十分になく、有害物質の使用規制等の措置がない限り、進まなかったと言える。
これに対して、同じようにサーキュラーエコノミーやSDGs、ESG投資の動きに連動し、環境配慮設計が進むことは想定される。SDGsの目標12では「つくる責任、つかう責任」を示している。とりわけプラスチックについては、近年、海洋ごみの問題が世界的に取り上げられており、生産、使用段階での制限の必要性が指摘される。
これらを見ていると、従来の静脈市場において重視されていた有償か非有償かという境界線はサーキュラーエコノミーでは注目されにくくなっているようにも見える。有償か非有償かは、不法投棄されうるか否かに関心を置いているものであるが、サーキュラーエコノミーでは再利用(循環)するか処分されるかに関心を置いていることが違いの理由として考えられる。
ただし、サーキュラーエコノミーにより有償か非有償かの議論が重要ではなくなったわけではない。いくら循環していても非有償であれば、依然として不法投棄は起こりうる。サーキュラーエコノミーの考え方が広まる以前から、非有償物であっても再利用され、循環していた実態がある。その中で不法投棄は起きてきたのであり、今後もその構造は変わるものではない。
なお、プラスチックから紙や木などの素材に変えたとして、それが自然に還ることとしても不法投棄は黙認されることにはならない。匂いや外観により、他の誰かに不快感を与えることはあるし、過剰な排出により生態系に影響することもある。使い捨て抑制や修繕の促進により使用の長期化が図られ、全体の処分量は減少することは予想されるが、消費者がどの程度対応するかにもよる。
3.占有者の行動
次に、不法投棄の可能性がある中、廃棄物(非有償物)の占有者が直面する便益、費用を考えてみたい。占有者は、廃棄物を適正に処理(再利用または処分)するか、不法投棄(不適正処分)するかという選択肢がある。
占有者が廃棄物を引き渡すことで得られる正の便益はないと考えられるが、廃棄物を占有することで生まれた不快感などの負の便益は解消される。それは、適正処理、不法投棄ともに変わらないと考えられる。
ただし、サーキュラーエコノミーやSDGs、ESG投資といった社会の変化の中、再利用と処分(不法投棄を含む)では占有者の便益は異なるかもしれない。企業であれば社会からの評価に差が生まれる可能性はある。その点では占有者の利得関数において利用と処分を分けて考える必要がある。
費用は適正処理、不法投棄で異なる。適正処理は、再利用と処分に分けられる。サーキュラーエコノミーの議論では適正処理、不法投棄の2つの費用関数のみならず、適正処理においてさらに再利用と処分を分けることが重要である。
ここで適正処理のうち再利用はU、処分をDgとし、不法投棄をDb+pRとする。Dbは不法投棄の作業費用、pは不法投棄の発覚確率、Rは罰則や原状回復費用である。再利用よりも処分の費用の方が高い場合(U≦Dg)、再利用が選択され、資源は循環することになる。サーキュラーエコノミーの浸透により、生産者が廃棄物を積極的に再利用することになれば、そのような循環はさらに起こる。
これに対して、再利用の費用の方が高くなる(U>Dg)こともある。この場合は処分が選択されうる。ただし、サーキュラーエコノミーの流れにより、廃棄物の再利用の需要が増えることで、再利用の費用が低くなることはある。加えて、再利用の便益が処分よりも高ければ、再利用が選ばれうる。つまり、再利用を選択することで社会からの評価などの便益が追加されるのであれば、費用が高くても再利用が選択される。
一方、Dg≧U> Db+pRまたはU>Dg>Db+pRの場合、不法投棄の費用が適正処理の費用を下回っている。その結果、不法投棄が選択されうる。しかし、これについても、再利用の便益が十分に優位であれば、再利用が選ばれる可能性はある。その意味では、制度に頼らなくても不法投棄を予防することができる。
もちろん、再利用の便益の程度によるため、完全ではない。加えて、サーキュラーエコノミーの浸透により、非有償物が有償で取引されるようになれば、廃棄物の適正処理(再利用)の費用がゼロを下回り、不法投棄の費用が相対的に大きいという状態になる。
廃棄物の占有者に対する政策としては、費用面では、単純に適正処理の費用を下げ、不法投棄の費用を上げればよい。具体的には、不法投棄をする場所をなくしたり、隠ぺいしにくくしたりして不法投棄の作業費用(Db)を上げること、取り締まりを強化し、不法投棄の発覚およびその実行者の特定の確率(p)を上げること、さらに罰則や原状回復の費用(R)を上げることが重要である。
これに対して、便益面ではやはり再利用と処分の便益の差に注目し、その差を広げるような政策が考えられる。具体的には、リサイクル率の開示やそれに対する評価などが考えられる。
これについては将来への期待も含まれ、便益(収入)が増大すると過大に見込んで行動する可能性はある。そして、経験により便益が大きくないということが分かってくれば再利用が選ばれないこともある。
また、これらの費用、便益は客観的に金銭評価されたものとは限らない。例えば、不法投棄をする場所がなかなか見つからないことを占有者(投棄実行者)が事前に知らなければ、不法投棄の作業費用(Db)は実際よりも低く評価されているかもしれない。
また、取り締まりの事情を知らないことで不法投棄の発覚確率(p)を低く見積もっている者もいるだろう。さらに、罰則や原状回復の費用(R)もそれに対する知識、認識の程度による。
廃棄物の占有者によっては、罰則や原状回復の費用の期待値(pR)を限りなく小さくすることで、不法投棄の費用(Db+pR)を相対的に低くすることができる。占有者が不法投棄を選択するということは、罰則や原状回復の費用の期待値(pR)を考慮しても、不法投棄の費用の方が安いと判断しているからにほかならない。つまり、この場合の占有者はは、Dg≧U> Db+pRまたはU>Dg> Db+pRと判断しているということである。
適正処理(再利用または処分)の作業費用(Dg)については、適正に回収し、汚染物質を漏らさない形で分別などの処理を行うことは相対的に時間も労力も要すると考えられる。そのため、不法投棄の作業費用(Db)と比べると高いことは想定できる。制度強化により罰則や原状回復の費用(R)を上げたとしても、発覚確率(p)を限りなくゼロと考えている者がいれば、不法投棄が選択されうる。
つまり、適正処理の作業費用(Dg)は、不法投棄の作業費用(Db)よりも高いという構造的な問題がある。この構造はサーキュラーエコノミーでは変わらないと考えられる。そして、その構造を変えるために、制度として適正処理の費用をゼロにするなどの金銭的な流れを変えることが依然として重要である。
4.排出者の処理責任
廃棄物の占有者は、実態は自ら処理するというよりは、専門の処理業者に廃棄物を引き渡すことが多い。法制度においてもこの実態に対応し、排出者の処理責任が規定されている。つまり、排出者には適正な引き渡し義務があり、それを履行せずに委託先が廃棄物の不法投棄を起こせば、実行者のみならず、委託した排出者にも責任が求められる。
具体的には、無許可業者への委託などの違反をした場合にペナルティを受ける場合がある。また、許可業者へ委託をしたとしても、委託先が不法投棄をすることを知りえたのであれば、排出者にもその不法投棄された廃棄物を除去し、原状回復のための費用の負担が求められることがある。
排出者は処理業者が不法投棄をする者か否かは厳密には分からない。これは取引当事者間の情報の非対称性というものである。この情報の非対称性は、廃棄物の取引市場特有の問題ではなく、一般の財・サービスの取引で起こる。
例えば、購入しようとしている製品の品質が分からないことで、良い品質の製品と見せかけて悪い品質の製品を高く売るということがある。それは事後的にトラブルとなったり、あるいは信頼がないことによりそもそも取引が成立しなかったりするということがある。
廃棄物の排出者は、処理を処理業者に委託するが、それは廃棄物の処理サービスを処理業者から購入するという意味である。そのサービスの質は排出者の処理責任という制度によって生まれている。
その結果、排出者は情報の非対称性の下で、適正に処理をする者を選ぶインセンティブが生まれる。そこでは、事前対応として行政より許可を受けているかどうか、ISOなどの国際規格の認証を得ているかどうか、業界団体に加盟しているかどうかなどのシグナルでふるい分けることがある。
また、実際に処理の現場に行き、安心して委託できるかどうかについて確認することなどがあるだろう。最近では、GPSを用いた情報管理が可能であり、それらによりモニタリングすることはできる。
加えて見学を受け入れているか、モニタリングシステムを導入しているかなどもふるい分けの材料になる。事後的には契約違反に対する賠償などになるのだろうが、それに応じるか否かも事前選別の材料になる。
このような懸念がある中、サーキュラーエコノミーの浸透およびSDGsやESG投資の流れは、自社のみならず、取引先においても人権や環境に配慮することを求める。その結果、主として大企業を中心にそれらに配慮した取引先の選別がより一層行われる。
カーボンニュートラルの流れも似たようなことが起こっており、サプライチェーン全体で温室効果ガスの削減に取り組む動きが拡大している。静脈市場においても同様で、排出者は、より一層、委託先に注意を払うようになる。それが排出者の便益(収入)に大きく影響を与えるという予想があるからである。
そもそもそのような排出者は不法投棄どころか、適正処理であっても処分ではなく、再利用を選ぼうとするかもしれない。つまり、引き渡し価格が高くても再利用の方が多くの投資を呼び込むのであれば、再利用を選ぶ。
これに対して、不法投棄に繋がる委託が全くなくなるかというとそうとは思えない。排出者の意識の程度による。サーキュラーエコノミーおよびSDGs、ESG投資により、排出者の意識は全体的に高くなるとしても、これを重視しない排出者が残る可能性はなくはない。
そもそも排出者の責任が追及されるためには、不法投棄が発覚し、その実行者を特定し、さらに伝票などから排出者を特定するというプロセスを経る必要がある。そのような中で、排出者が処理責任を軽視すれば、処理サービスの質を考慮せずに価格のみで委託をし、それが不法投棄に繋がる恐れはある。そのようなケースは全体的に減少することは予想されるものの、完全ではないと言える。
5.有償物の不法投棄
もっとも、不要物が有償化し、排出者の処理委託の費用がマイナスとなり、不要物の引き渡しに対して収入を得る場合、排出者は意識の高さに関係なく、再利用を選ぶ。つまり、有償物については不法投棄されない。
排出者にとって不要物であっても、それを受け取る者にとっては資金を出してまで受け取る価値があり、全部または一部が必要であるからである。そのため、このような有償物は法制度上でも廃棄物とせず、排出者に処理責任はない。受け取る者も法制度上の許可なども必要としない。
ただし、不法投棄されないのは取引される不要物そのものである。その不要物はしばしばいくつかの部品、資源の混合物として取引され、それから分別して価値のあるものを取り出すことがある。
仮にそうであれば、残余物が発生することがあり、それは価値がなく、処理(再利用または処分)される。使用済み自動車もこれに当てはまり、リユース可能な部品のほか、リサイクルされる資源を回収した後の残余物はシュレッダーダストとして処理(再利用または処分)される。
このような有償で取引される不要物を受け取る者は、分別して部品、資源を取り外した後に残余物を不法投棄する可能性はある。それは、残余物の処理費用を削減し、不要物全体の価値を高くすることができるからである。つまり、不要物の排出者からより高く買い取ることになる。
前節で示した通り、不法投棄に繋がる委託をした場合、排出者には処理責任が課され、原状回復処理費用の負担を求める場合がある。これに対して、有償物の場合、不要物は法制度上の廃棄物ではないため、排出者には処理責任は課されない。
よって、排出者はその後の処理について注意するインセンティブはなく、処理業者の質を考慮することもない。その結果、排出者の利得が高い方、すなわち不法投棄により費用を削減し、買い取り価格を高く設定できる者が市場で優位に立つ構造になりうる。
このような懸念がある中、前節でも言及したが、サーキュラーエコノミーの浸透および近年のSDGsやESG投資の流れは、自社のみならず、取引先においても人権や環境に配慮することを求める。静脈市場においても排出者は法制度を守ればよいわけではなくなっている。
有償で売却したとしても、委託先の再利用または処分の方法に注意することが求められる。そして、環境に配慮した委託先を選別することがより強く求められる。制度上、排出者責任が問われなくても、適正な委託先を選別するインセンティブが生まれる。
もっとも、先にも示した通り、全ての排出者がその意識を高めることになるかというとその点は課題である。倫理的な行動を取るのは当然ではあるため、ある程度の選別があるだろうが、情報の非対称性がある中で、選別のための負担が大きいのであれば、有償物の不適正な引き渡しは今後も起こりうる。
一方、日本の自動車リサイクル法の下では、有償で売却されうる使用済み自動車が適正に引き渡される流れを制度化している。そのため、排出者が適正な引き渡しに注意をしなくても制度に従えば自然に適正に流通する構造となっている。
市場の効率性の観点から制度は可能な限り縮小すべきであり、その意味でサーキュラーエコノミーによる社会の変化は期待できるが、上記の観点から考えると何らかの制度はまだ必要なのかもしれない。
6.廃棄物と外部費用
環境経済学においては、環境問題を外部費用と捉え、その外部費用を含めた社会的余剰の最大化を追求する。例えば、財の生産または消費により二酸化炭素が発生するが、それは生産者、消費者が負担する費用のみならず、気候変動により他の経済主体が負担する費用(外部費用)も考慮して、社会にとっての最適な生産量、消費量を決定する。
廃棄物処理市場においては、廃棄物そのものが外部費用であるという見方がされがちだが、適正処理をし、環境問題を引き起こさなければ、廃棄物そのものは外部費用にはならない。外部費用になるのは、例えば不法投棄による環境問題である。
つまり、生産、消費における便益、費用が発生しているが、同時に不法投棄により外部費用が発生しているのであれば、それを考慮した最適な生産、消費を決定するということである。
また、適法の範囲であっても環境に負荷を与えるような処理であれば、外部費用となる。例えば、焼却において二酸化炭素が発生するが、気候変動による被害は、外部費用と捉えることができる。
埋め立てにおいて基準内であっても生態系に何らかの負荷を与えるかもしれないし、環境に負荷がなくても、地域住民に不安のようなネガティブな感情が生まれていれば外部費用となりうる。さらには、廃棄物の運搬や分別作業により発生する二酸化炭素による気候変動なども外部費用に該当する。
このような中、基本的な環境経済学の枠組みでは、外部費用を所与として生産、消費に対する数量規制や税・補助金といった政策的介入により社会的余剰の最大化を検討する。外部費用を考慮することで、過剰になった消費、生産を抑制するというものである。
ただし、廃棄物の場合、実態として不法投棄を所与として、財の生産、消費に課税等をすることは考えにくい。不法投棄を所与とするということは、目に見える不法投棄を放置して、不法投棄そのものを減らす努力をしないということである。
しかも不法投棄ではなく、生産、消費に介入するというのが理論の考え方である。現実的には不法投棄を取り締まり、外部費用を発生させないという選択がされる。この点は実態との乖離がある。
このような基本的な環境経済学の枠組みで廃棄物の政策を展開することに現実性の壁がある。サーキュラーエコノミーにおいても同様である。まず、処分されるものが可能な限り再利用され、不要物を引き取る者が処分者から再利用者に移るとする。廃棄物の処分は社会において負の印象が強く、再利用は正の印象が強く、それにより経済効果があるように見える。
確かにそれまで処分されていたものに価値が生まれるようなことがあれば、社会にとって正の便益をもたらす。生産者が積極的に再生資源や中古部品を新品の生産に用いることになれば、不要物の価値は上がり、有償化することもある。
しかし、第2節で述べたように、再利用は必ずしも有償で売却されるものに限らない。非有償の場合、処分者が負担していた費用が再利用者に移動するだけのことである。よって、その費用そのものは変わらない可能性がある。
また、処分よりも再利用の費用が高いケースも考えられる。そもそも再利用の費用が低いのであれば、最初から処分ではなく、再利用されているはずである。再利用の費用が高い中、敢えて再利用を選択するのであれば排出者の費用は増大すると考えられる。つまり、それだけを見ると社会的余剰は減少する。
一方、再利用の費用が処分よりも高くても、排出者が再利用の利得の方が大きく、合理的と考えているため、再利用が選ばれるという見方もできる。例えば、処分ではなく、再利用を選択することで企業イメージの向上や投資の増大などによる便益(収入)の増大が考えられる。よって、その利得が増大することにより、社会的余剰は増大する。
ただし、あくまでも期待である。何年かを経て費用に対して期待していたほどの収入にならないということが分かれば、再利用をやめて処分に戻すことも想定される。すなわち、サーキュラーエコノミーにより得られる排出者の便益(収入)が実際にどの程度増加するかによる。
外部費用に関しては、不要物が非有償の場合、不法投棄のリスクはある。よって、サーキュラーエコノミーにおいても上記の外部費用を用いた枠組みとなり、変わらない。ただし、生産者が生分解性の素材を積極的に用いることで不法投棄により生じる外部費用は極力抑えられるかもしれない。他には、再利用、適正処分ともに外部費用は発生するが、それらの大小関係により、社会的余剰の大きさが変わるという視点はこれまでとは変わらない。
処分から利用のサーキュラーエコノミーの流れで、生産者が再生資源を利用するようになり、それにより再生資源の価格が上昇することは想定できる。その結果、処分よりも利用の費用が低くなれば、排出者の負担は軽減され、社会的余剰は改善する。不要物が有償で売却されればさらに改善するし、不法投棄のリスクもなくなる。
以上を見ると、サーキュラーエコノミーにより廃棄物処理市場において社会的余剰は改善することは期待される。これまでなかった視点としては便益(収入)の違いである。あくまでも期待の範囲であり、それがどの程度になるのかは定かではないが、再利用よりも処分の方が合理的と判断されれば循環しない可能性はある。一方で、外部費用についても環境に配慮した製品の普及などにより減少することが予想される。
7.まとめと課題
サーキュラーエコノミーにより廃棄物処理市場の構造変化が起こりうる。本稿では、廃棄物処理市場における経済学的視点を振り返り、それに基づいてサーキュラーエコノミーの動きを捉えることを試みた。廃棄物処理市場の区分においては有償か否かが重要であったが、サーキュラーエコノミーにおいてはこれに加えて再利用か処分かという区分も重要であることを確認した。
また、サーキュラーエコノミーにより再生資源の利用が進み、その価値が上がる可能性はある。しかし、それでも非有償の不要物は発生することが想定される。この非有償物が処分から再利用にどの程度変わるかである。再利用と処分の便益に差があれば、再利用の費用が処分より高くても、再利用が選択されうる。この点はこれまでの視点にはなかったものである。
有償の不要物の取引の場合、排出者の処理責任がなく、分別後の残余物を不法投棄する者が市場において優位に立つ可能性がある。これに対してサーキュラーエコノミーおよびSDGs、ESG投資により、取引先においても人権や環境に配慮する動きが出てきている。その動きに応じて、有償の不要物の取引において、排出者が委託先の処理の質を重視することは考えられる。これも従来とは異なる視点である。
基本的な環境経済学では、外部費用を考慮した社会的余剰の最大化を考える。本稿では、これについては廃棄物処理市場における社会的余剰の最大化に焦点を当てた。それにより社会的余剰は増大すること、外部費用は減少することが考えられる。
ただし、サーキュラーエコノミーは廃棄物処理市場のみを変えるものではない。デジタル化の流れの中、シェアリングやリユースの機会が増え、消費の構造が変わり、メンテナンスなどの需要が広がることは想定できる。それらを含めた社会的余剰の増減を別途考える必要はある。
また、生産者側も使い捨ての製品ではなく、長期使用可能な製品を作り出すことも考えられる。その結果、使い捨て商品市場や廃棄物処理市場が縮小する可能性はある。これは外部費用のみならず、消費者余剰、生産者余剰も減少させうる。
一方、シェアリングなどで製品がより使用しやすくなることで、それまで使用しなかった者が使用するようになったり、使用頻度が増加したりすることも考えられる。それにより、廃棄の量が増大する可能性はなくはない。この点も別途議論が必要である。
さらに、リユースやリサイクルといった再利用が増大することは、その分、新品やバージン材の生産の機会を失わせる。再利用においても二酸化炭素は発生するため、新品やバージン材と比べてどちらが望ましいかという議論になるだろう。この財・サービスの市場で発生する外部費用の増減についても改めて整理する必要はある。
いずれにしろ、サーキュラーエコノミーについては、まだ十分にその動きを把握できていないところもある。今後、情報の蓄積とともに理論的な視点をブラッシュアップしていく必要があるだろう。
参考文献
- Peter Lacy and Jakob Rutqvist (2015), Waste to Wealth: The Circular Economy Advantage, Palgrave Macmillan(日本語訳:ピーター・レイシー, ヤコブ・ルトクヴィスト(2016)『サーキュラー・エコノミー デジタル時代の成長戦略』日本経済新聞出版)
- 阿部新(2004)「廃棄物処理委託と排出者責任の経済分析」『現代経済学研究』(11), 47-73
- 阿部新(2005)「廃棄物と処理責任の範囲に関する一考察:自動車を事例として」,『一橋大学経済研究所Discussion Paper Series』,B-No.32,73-88
- 梅田靖, 21世紀政策研究所編著(2021)『サーキュラーエコノミー : 循環経済がビジネスを変える』勁草書房
- 科野宏典・樹世中(2020)「サーキュラーエコノミー変革のための社会基盤DX 」『知的資産創造』28(12),4-19