Q,被害は数千円程度なのだが、経理の担当者が現金を着服している疑いがある。これでも懲戒解雇できるだろうか?
A.横領などの現金の不正行為はその立証がとても難しく、また、確実な証拠等が無ければ処分の対象とするのも厳しいです。しかし、確実な証拠があれば、懲戒処分の対象となり、懲戒解雇も可能です。そして、金額の大小で処分の判断が異なるわけではありません。これに関する裁判を紹介します。
<東京都公営企業管理者交通局事件>
東京地裁 平成23年5月25日
都営バスの乗務員は乗務中に運賃を乗客から直接手で受け取り、不正に横領したことが乗客からの通報で発覚。不正に得たお金は1,100円であった。東京都は乗務員を懲戒免職とした。これに対して、乗務員は不当な処分として裁判を起こした。
裁判所の判断
バスの乗務員として、運賃の不正取得は極めて悪質であり、職務上、許されない行為である。運賃の不正取得の額の大小に関わらず懲戒解雇に値する。処分は有効とし、会社が勝訴となりました。
この裁判と類似した裁判で、前橋信用金庫事件(東京高裁 平成元年3月16日)があります。この裁判は1万円の横領で懲戒解雇となったものですが、懲戒解雇を有効と判断しています。
また、旅費の不正請求の裁判としてNTT東日本事件(東京地裁 平成23年3月25日)では、旅費の不正請求(約76万円)が発覚し、社員を懲戒解雇して裁判になり、懲戒解雇は有効と判断されました。
これらの裁判から言えることは 金額の大小は関係なく、経営秩序維持の為から厳しい処分が妥当と判断されているのです。ただし、会社として留意すべきことは、 「不正行為が確実に立証できるかどうか」であり、公正、かつ、慎重に事実を調査することが重要になります。
実際に、あるワンマンバスの運転手の事例(福岡高等裁判所、平成9年4月9日)では懲戒解雇が無効となっています。
そのバス会社では運転手の運賃回収方法がルールで決められていましたが、その手順に違反していました。運転手に横領の意図の疑いはありますが、その都度、運転手からの事情聴取を含む調査がなされておらず、 「手で受け取った金額が最終的に運賃箱に投入されたかどうかは不明」でした。そのため、詳細な事実関係が明らかにならず、同乗務員に横領の意図があったと断定することはできないとされ、懲戒解雇は無効と判断されました。
〇東京地方裁判所、平成15年6月9日
・この裁判もバス会社の事例
・助役が使途不明金を発生させてしまい、懲戒解雇となった
・ 「説明や資料の提出が不十分であった」として、懲戒解雇が無効
懲戒解雇が有効か?無効か?の判断は非常に難しいところです。しかし、懲戒解雇等の処分を行う場合、会社の一方的な判断の押しつけではなく、懲罰委員会等の会社の正式な判断の場を設けることが大切です。
そして、その場で本人に十分な弁明の機会を与えることが重要となります。これで会社の一方的な判断の押しつけではないことを証明することとなるのです。
特に、「懲戒解雇が無効」となった2つの裁判をみてみると
〇調査の不備(疑惑時にその都度の調査が実施されていない)
〇説明、資料不足
を理由として「懲戒解雇を無効」としているのです。 もちろん、ケースバイケースではありますが、調査や説明等を詳細に対応することは必須であることが裁判の比較でよく分かります。
また、不正が再び行われないように再発防止対策も講じる必要があります。例えば、集金業務等の場合、その方法やチェック体制などを強化することが重要となるのです。具体的には以下の方法が有効と考えられます。
〇現金等の集金は廃止し、全て振込とする
〇ダブルチェックの実施
○不正に対し、上司の連座制
〇発生した場合は、報告書の作成
○監視カメラの設置
などがあります。不正が発生したら、懲戒処分を科すことは必要ですが、それ以上に再発防止を強化することが重要です。
単に、不正発生に対して「懲戒処分を実施して終わり」では、根本的な解決にはなりません。再発防止策を講じて、初めて次のステップに進んだことになるのです。
「うちの会社に限って……」と思われるかもしれません。しかし、多くの会社で不正が起きていることも事実であり、発覚した会社の社長や管理職の多くの方は「寝耳に水」的な感覚なのです。
明日は我が身です。大切なことは「不正が起きにくい仕組みの構築」なのです。なぜ、金券ショップでは切手シートが売られているのか?それは不正の温床となっているからなのです。そういう認識を持つことが重要なのです。