Q.せっかく入社した優秀なメカニックが、うつ病にかかってしまった。失うにはあまりに惜しいメカニックなので、1年間の休職を命じたのだが、1年が経とうとしているものの、一向に改善の機会が見られない。この場合、休職期間終了を以って退職させても問題ないだろうか?
A.社員が病気になってしまい、業務が滞ってしまった……。こういうことはどの会社でも起こり得ることです。この場合に「いつまで休ませれば、いいのですか?」とのご相談をお受けすることがあります。社員に長期の休みを与える場合、休職制度を設けている会社が多いです。
この休職制度は「会社が独自に設定できる制度で、休職する理由や期間は自由に設定できる」となっていて、福利厚生の一部です。一般的には3ヶ月から1年程度の期間が多く、社員が私傷病、家族の介護、留学等の理由で一定期間、働くことができない場合は就労を免除されるのです。特に、私傷病の場合、治療専念が主な目的となっており、最近では一般的な傷病だけではなく、うつ病などの精神疾患に対応する休職の制度が必須となってきています。
多くの会社が悩むポイントは休職期間が満了となるタイミングで、社員が復職できるかどうか分からないということです。そんな時は、休職期間満了を理由に退職や解雇となるのでしょうか?これに関する裁判があります。
<東海旅客鉄道事件>
大阪高裁 平成11年10月4日
社員は脳内出血で倒れて以降、病気休職に入っていました。3年間の休職期間満了前に復職の意思表示をしたが、復職の意思表示にも関わらず、会社は「社員には言葉の障害の後遺症があるため、就労可能な業務がない」と判断し、休職期間満了をもって退職としました。
しかし、社員は「退職は就業規則、労働協約等に違反し、無効」として、地位確認、未払賃金等の支払いを求めて提訴した。
裁判所の判断
休職期間満了の身体の状態は、細かい作業は困難であるが、会話も相手方が十分認識できる程度に回復していた。会社は鉄道事業を中心に不動産売買等の関連事業など多岐に展開する、従業員約2万2,800人を要する大企業であり、配置替えなども含めて就労可能性を検討すれば、例えば工具室での業務などは可能であったと認められる。また、身体障害等によって、仕事を以前のようにはできなくなった場合、健常者と同じレベルを要求することは適切でなく、雇用契約の信義則から、会社は企業規模等を勘案し、社員の能力に応じた職務をさせる工夫をすべきであったとし、会社側が敗訴したのです。
それでは、なぜこのような結果となったか、詳しくみていきましょう。
〇職務や業務内容が限定されていなかったこと
社員が採用された条件として、職種や業務が限定されていなかったので、休職前の業務ができなくても、その他の業務に配置転換が可能かどうかを検証する必要があったのです。
仮に、職種、業務が限定されていれば「他の業務への配置転換の検討は不要」という判断となるのです。
〇会社の規模が大きい
上記裁判の場合、会社の規模が大きく(社員約2万2,800人)で、業務も鉄道事業を中心に不動産売買等の関連事業等を実施しています。
その職種も総合職(事務、技術)一般職、運輸職(駅業務、車掌、運転手)等、様々なため、この社員を受け入れる部署があったはずであるという結論となったのです。
私見ですが、中小企業の規模であれば、同じ判断とはならなかったのではないかと考えます。
〇復職の判断が結論ありきで動いていた
「社員は復職の意思表示をしたが、会社は社員が話をする際にろれつが回らない等の後遺症があるため、就労可能な業務がないと判断した」として結論を出したのですが、主治医は「軽作業はできる」と診断したのです。
しかし、上司は「前の業務に復帰できなければ、働くところは無い」、「復帰は無理だ」とこの社員に伝えていたのです。十分な検討をせずに、結論ありきで判断を下したと裁判所は考えたのです。
それでは、どのような対策を行えば、休職制度が確実に運用できるかをみてみましょう。まずは、就業規則に休職、復職の規定を詳細に記載し、確実な運用を行うことが重要です。
以下が休職、復職を詳細に記載した就業規則の一部です。
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(休職)
第〇条 従業員が、次の各号のいずれかに該当したときは、休職を命ずることがある。ただし、試用期間中の者、パートタイマー等に関しては適用しない。
(1)業務外の傷病により欠勤が、継続、断続を問わず日常業務に支障をきたす程度(おおむね1ヵ月程度以上)に続くと認められるとき
(2)精神又は身体上の疾患により労務提供が不完全なとき
(3)在籍出向等により、関係会社又は関係団体の業務に従事するとき
(4)逮捕、拘留又は起訴され、業務に従事できないとき
(5)その他業務上の必要性又は特別の事情があって休職させることを適当と認めたとき
2 前項第1号、第2号については、会社が指定する医療機関にて診断を命ずることがある。
(休職期間)
第〇条 前条の休職期間(第1号にあっては、発令により会社が指定した日を起算日とする。)は次のとおりとする。ただし、この休職は法定外の福利措置であるため、復職の可能性が少ないものと会社が判断した場合は、裁量により、その休職を認めず、又はその期間を短縮することがある。
(1)前条第1号及び第2号のとき 6ヵ月 (勤務期間が1年未満の者を除く。)
(2)前条第3号から第5号までのとき 必要と認められる期間
2 同一事由による休職の中断期間が3ヵ月未満の場合は前後の休職期間を通算し、連続しているものとみなす。また、前条第1号及び第2号の休職にあっては症状再発の場合は、再発後の期間を休職期間に通算する。
3 休職期間は、原則として、勤続年数に通算しない。ただし、会社の業務の都合による場合及び会社が特別な事情を認めた場合はこの限りでない。
4 休職期間中は、無給とする。
(復職)
第〇条 従業員の休職事由が消滅したと会社が認めた場合、又は休職期間が満了した場合は、原則として、休職前の職務に復帰させる。ただし、旧職務への復帰が困難な場合又は不適当と会社が認める場合には、旧職務とは異なる職務に配置することがある。
2 休職中の従業員が復職を希望する場合には、所定の手続により会社に申し出なければならない。
3 休職事由が傷病等による場合は、休職期間満了時までに治ゆ(休職前に行っていた通常の業務を遂行できる程度に回復することをいう。以下同じ。)
又は復職後ほどなく治ゆすることが見込まれると会社が認めた場合に復職させることとする。また、この場合にあっては、必要に応じて会社が指定する医師の診断及び診断書の提出を命じる場合がある。
4 休職期間が満了しても復職できないときは、原則として、休職満了の日をもって退職とする。
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この規定は、制度の目的をはっきりさせ、休職できる社員の範囲を定めていることがポイントです。もし、該当者が出た場合、この規定を忠実に運用することが重要です。
また、休職中に自身の状況を月1回程度、報告することを義務づけたり、変化があった場合の報告もしてもらうようにしましょう。
なお、精神疾患等の場合は義務ではなく、症状に合わせての報告となる場合もあります。さらに、復職のルールを明確にして、主治医、会社の指定医等の意見を十分に聞いて、判断する事をルール化しましょう。
上記の裁判でも、復職の手続きが「結果ありき」であったため、会社側が負けています。もし、復職の判断がきちんとなされていれば、結論が変わったのかもしれません。
それから、うつ病等の精神疾患で休職となった場合、復職の判断を慎重に行わないといけません。なぜなら、該当する社員の精神疾患が再発等し、周りの社員疲弊しているケースがよくあるからです。
病気が治りきらない状態で復職されると周りが大変なことになるし、また、会社としても安全配慮義務に違反してしまうかもしれません。
そんな事になる前に「リハビリ出勤」等を実施するのも1つの方法と考えられます。ですから、まずは短時間で働いてもらい、その後に正式に復職というステップを踏むべきです。
いずれにせよ、会社には「安全配慮義務」があるので、社員が健康で安全に働ける環境を整えないといけないのです。
結果として、社員個人の健康状態にも気を配ることが重要なのです。