社会保険労務士内海正人の労務相談室
Q、当社では鈑金・塗装部門も持っているが、保険料率改定の影響か、このところ入庫が激減している。思い切って部門を潰すつもりで希望退職を募集したところ、10人中2人が応じてくれなかったため、整理解雇を検討している。整理解雇を実施するに当たって、注意することは何だろうか?
A、似たようなご相談はよくあるので、整理解雇について整理してみましょう。
整理解雇とは、事業不振を理由に事業再建を行う場合、その一環として、人員整理を行うことです。
そして、整理解雇は、解雇される本人達に何の責任もないため、法的な要件が科せられているのです。それが次の「整理解雇の4要件」と言われているものです。
(1)人員整理の必要性
余剰人員の整理解雇をしなければ、経営を維持できないという必要性が無ければならない。
(2)解雇回避努力義務の履行
人員整理は最終手段であり、回避するために経営努力し、それでもやむを得ないと判断される必要がある。
(3)被解雇者選定の合理性
人選基準が合理的で、かつ、公平であること。勤務成績を基準とする場合、その客観性と合理性が問題となる。
(4)手続の妥当性
整理解雇は、社員に原因は無いため、社員や労働組合と協議し、説明する義務を負う。この手順を踏まない場合、他の要件を満たしても無効となるケースも多い。
整理解雇はこの4つの要件の「全て」を満たさないと無効とされる場合が多いのですが、裁判によっては4要件を厳格に運用しないケースもあり、「人員整理の必要性のみでの判断」「配置転換や手続の妥当性を考慮しての判断」もあります。これに関する裁判を紹介します。
<三陸ハーネス事件>
仙台地裁 平成17年12月15日
会社の主要な取引先が拠点を海外に移したため、事業廃止により、全社員を解雇することを決めた。解雇される社員に特別加算した退職金を提示し、また、再就職支援の相談会等を実施。しかし、社員の一部が解雇の有効性を争点とし、裁判を起こした。
裁判所の判断
会社は、その事業を廃止するか否かについて自由に決める権利があるが、事業廃止が自由だからと言っても、社員全員を解雇することが自由にできるわけではない。解雇には客観的、合理的な理由が必要であり、社会通念上相当であることが求められる。さらに本件は、整理解雇の4要件が揃っているか否かではなく、(1)の人員整理の必要性から踏み込んで「全ての事業を廃止する必要性」が合理的か否かを判断基準として、本件の解雇は権利の濫用とは認められず、会社側が勝訴した。
この裁判で、社員側は「整理解雇の4要件が満たされていないから、解雇権の濫用である」と主張していました。
しかし、裁判所の判断は上記(1)の「人員整理の必要性」について、「ここで問題となるのは『人員整理の必要性』ではなく、『全ての事業を廃止する必要性』である」と判断したのです。
このことにより、整理解雇の4要件そのものを議論するのではなく、会社が事業を廃止することの合理性、解雇の手続きが妥当であったか否か等がポイントとなったのです。
このように状況によって、整理解雇の4要件を満たさなければ、整理解雇ができない、ということではないのです。しかし、整理解雇の4要件が不十分とされ、会社側が負けた裁判もあります。
<東亜外業事件 神戸地裁 平成25年2月27日>
〇赤字工場の操業休止に伴い、希望退職を実施したが、これに応じない社員28名を解雇した
〇社員28人のうち23人は解雇無効の訴えを起こした
そして、裁判所の判断は以下となったのです。
整理解雇の4要件のうち、(1)と(4)については、
(1)人員整理の必要性:工場休止はやむを得ないため、十分な合理性あり
(4)手続の妥当性:妥当に行われた
と判断され、会社の主張が認められました。
しかし、整理解雇の4要件のうち、(2)と(3)については、
(2)解雇回避努力義務の履行:求人を行っている他部署があるのに、配置転換を行わなかったことは、回避努力を十分に検討したとは言い難い
(3)被解雇者選定の合理性:業務に必要な資格の有無等の資料が作成されておらず、客観的な基準(年齢、勤続年数、役職、担当業務、資格等)を加味したものでなく、十分な協議が行われたとは言い難い
と判断され、会社の主張が認められませんでした。
以上の理由により解雇は無効(会社側敗訴)となりました。
このように整理解雇を実施する場合は、整理解雇の4要件を「検討」することが重要です。なぜ、「検討」と書いたかというと、4要件はマストではないからです。
事実、最初の事例(三陸ハーネス事件)では事業廃止による全員解雇であり、4要件よりも基本的な会社の姿勢が問われています。
ただし、通常は2つ目の事例(東亜外業事件)のように4要件を徹底的に追及される事となるので、4要件に沿った考え方で整理解雇を実施することが重要です。ただし、要件を具備するには、細かい条件まで考えなければならず、専門的な知識や知恵が必要になってくるのです。
2つ目の事例(東亜外業事件)では、赤字工場の休止でも、別部署で求人を出していたことについて、「そこへの配属を検討しなかったことは、解雇回避努力義務が足りない」と判断されているのです。
結果、かなり細かいところまでケアしていかないと、法的に整理解雇が有効とはならないのです。具体的に整理解雇等を考えている場合は、労働法に強い弁護士、社労士にご相談されることをお奨めします。
内海正人 社会保険労務士
主な著書 : “結果を出している”上司が密かにやっていること(KK ベストセラーズ2012) /管理職になる人がしっておくべきこと( 講談社+α文庫2012)
上司のやってはいけない!(クロスメディア・パブリッシング2011)/今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方! ( クロスメディア・パブリッシング2010)
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