Q.ライバル他店が閉店したおかげで、当社への入庫が増えている。嬉しい反面、そう簡単に人は増やせないため、社員の残業時間が増えている。特に整備士には負担がかかっており、「残業代も多めにもらわないと割に合わない」と言われてしまった。長時間残業の判断基準があれば教えていただきたい。
A.長時間労働、特に過重な残業時間については、会社にとって労災のリスクや安全配慮義務違反のリスクが潜在的に潜んでいます。 「当社は、残業代は支払っているので問題ありません」と話される社長もいらっしゃいますが、払っていれば問題ないというものではありません。残業代の支払いと同じぐらい、または、それ以上に「残業の時間数」が問題となる場合も多いのです。本連載でも様々な裁判例を挙げて、リスクの解説をしてきましたが、まずは労災認定の基準を確認してみましょう。
心疾患の場合
(心筋梗塞、脳卒中などの心臓、血管等の病気)
・発症前1か月間に約100時間超える残業を行った場合
・発症前2~6か月間に亘って、1か月当たり約80時間を超える残業を行った場合
精神疾患の場合
(うつ病等のメンタル系の病気)
・発病前1か月に約160時間を超える残業を行った場合
・発病前3週間に約120時間を超える残業を行った場合
・発病前連続した2か月間に平均約120時間を超える残業を行った場合
・発病前連続した3か月間に平均約100時間を超える残業を行った場合
ここで問題となるのが、「残業時間のカウント」についてです。労働基準監督署の調査などでは、タイムカード等の時間が労働時間とみなされてしまいがちですが、裁判などでは異なる見解も出ています。
労働時間は「会社の指揮、命令下に置かれた時間」となっていますが、「この範囲がはっきりしない」とのご質問が多いのも事実です。
特に、労災の認定基準は「残業代の請求よりも厳しい判断が出ている」のも事実なのです。これに関する裁判があります。
<医療法人甲会事件 札幌高裁 平成25年11月21日>
○職員は、医療法人甲会に平成21年4月1日から雇用され、臨床検査技師として勤務していたが、同年10月17日に自宅で自殺した
→自殺1か月前から、新たな業務(超音波技師)の研修を開始し、担当となった(難易度の高い仕事)
→残業に加え、自習時間も増えていった
→職員は超音波技師の業務に負担を感じていた
○職員の両親は、医療法人甲会に対し「職員の自殺は業務が原因」とし、安全配慮義務違反による損害賠償を請求し、裁判を起こした
○第一審では、職員の業務の遂行に伴う心理的負荷等が過度に大きなものであったとは言えず、心身の健康が損なわれて、精神疾患を発症するおそれがあることについて予見できなかったとして、請求を棄却した
○両親はこれを不服として控訴した
そして、高裁では以下の判断を下しました。
○職員の残業時間と自習時間の合計は96時間で、これは精神疾患発症が早まる1か月当たり100時間とほぼ見合う時間外労働をしていた
〇自習時間では、職員が新しく担当することになった超音波の知識、技術を習得するための「業務と密接に関連する自習」である
○自殺の1か月前の自習時間は、精神的な過重負荷の評価において、労働時間とみるのが相当
○業務による心理的負荷の過度な蓄積によりうつ病を発症し、自殺に至った
○法人は安全配慮義務を怠ったとし、敗訴となった
ここで特筆すべきポイントは自習時間の取扱いです。一般的に、業務命令ではない自習時間は労働時間ではないとされています。
しかし、本件の争点は残業代の支払いではなく「うつ病、自殺の原因となった心理的負荷」ということです。そして、「なぜ遅くまで自習せざるを得なかったのか?」ということで、高裁の判決もここに注目しています。
もし、それが難易度の高い業務に対応するためにやらざるを得ないような場合は、「間接的な強制」によるものであり、労働者は強いストレスを感じるということを示しています。
さらに、それを「自習なら自分の意思でいつでも止めることができるはず」というのは無理であろう、と言及しているのです。
結果として、【労働基準法上の時間外労働に当たるか否かとは関係なく】、職員の業務にまつわる作業時間(自習を含む)を把握し、心身の健康状態に配慮する義務があると言えるのです。
このように、自習時間についても業務と密接にかかわる場合、安全配慮という観点では「労働時間」とみなされる場合があるのです。
このことを考えれば、「自習時間的」な時間も「労働時間」とみなされるケースがある、ということを認識しないといけません。
さらに、これについて会社は「把握すること」が求められているのです。もちろん、すべての自習時間が安全配慮義務上で「労働時間」となる訳ではありませんが、プレッシャーの大きいものについては、フォロー体制も含めて、会社がサポートすることが重要なのです。
最近の裁判例をみていると、今まで以上に突っ込んだ判断がなされている傾向にあります。ですから、研修なども「自主研修」と名付けても、間接的に強制力があるもの「など」は、労働時間とみなされることも多くあります。
ですから、その運用、時間の把握などについては、しっかりと行い、社員に必要以上の負荷をかけないようにしないと、裁判で会社が負けてしまうことになるのです。
このような様々な労務に関するご相談、例えば、
〇××という状況だが、これは安全配慮義務に抵触するかどうか?
〇これは残業に該当するかどうか?
〇ダラダラ残業を防止するためには、どうしたらいいか?
なども「内海への労務相談会」で、ご相談頂けます。
労務の相談は事前事前の手当が大切ですが、これを怠る会社が多いので、大きな問題に発展するのです。是非、こちらの会をご利用下さい。
内海正人 社会保険労務士 内海正人の労務相談室
主な著書 : “結果を出している”上司が密かにやっていること(KK ベストセラーズ2012) /管理職になる人がしっておくべきこと( 講談社+α文庫2012)
上司のやってはいけない!(クロスメディア・パブリッシング2011)/今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方! ( クロスメディア・パブリッシング2010)
日本中央社会保険労務士事務所 代表/株式会社日本中央会計事務所 取締役