社会保険労務士内海正人の自動車整備工場の労務相談室質問
Q、当社では将来性を見越して無資格の高校生を採用した。働きながら整備資格を取らせるつもりで、まずは力試しの意味で、せいび広報社のEラーニング「自動車整備士合格Eテスト」を勧めたところ、「プライベートの時間を削ってまでやりたくないので、かかった時間は労働時間として認めてもらえるならやってもいい」と言われてしまった。この時間は労働時間に入るのだろうか?
A、先日、ある社長からも同様のご相談がありました。この会社はウェブによる業務研修を実施していて、社員からも好評だったのですが、「研修時間は労働時間ですか?」と質問され、明確な回答を出すことができなかったとのことです。
この場合、どのように判断したらよいのでしょうか? 社員に対する研修が労働時間かそうでないかの議論は度々行われて、その判断は明確となってきています。
行政解釈(平成11年3月31日、基発168号)では「出席の強制が無い(=欠席した場合に就業規則による制裁等がない)、自由参加(会社から受講が義務付られていない)の研修であれば、労働時間にはならない」としています。では、ウェブ研修の場合はどうなるのでしょうか?これに関する裁判があります。
<NTT西日本ほか事件>
大阪地裁 平成22年4月23日
NTT西日本の関連会社に勤務していた社員が、会社からの指示でウェブ研修を受講しました。社員は会社に対し「これは業務に関わる内容なので、学習時間は残業時間ではないか?」と質問したところ、会社は「会社から強制している訳ではなく、自宅でも学習可能なので、労働時間にはならない」と回答しました。この回答に納得のいかない社員は裁判を起こしました。
裁判所の判断
ウェブ学習は、業務と密接に関係しており、ウェブ研修受講により、資格取得が求められている。また、人事考課で受講が求められていることもあり、業務上の指示によるものと考えられるため。ウェブ研修時間は労働時間と認められるとし、会社の敗訴となりました。
ウェブ学習の学習時間について社員に委ねることがほとんどですが、学習内容そのものが業務に密接に関わっていたり、人事考課等に影響する場合は、労働時間としてカウントされるのです。
よって、ウェブでの学習は「自宅でも学習可能だから、労働時間にはならない」という考えは間違いなのです。
そもそも、研修は大きく分けて2つの種類があり、 労働時間として扱わなければならないもの、そうでないものがあります。
○労働時間となるもの
・ある特定の会社に勤めるからこそ、必要な学習内容に関する研修
・例えば、営業職で勤務先が販売する商品の商品知識を学習する必要がある場合
・ある特定の会社に勤めるからこそ必要になる学習内容に関する研修は、裁判では労働時間と判断される可能性が高い
○労働時間とならないもの
・その職種に就く以上、どこの会社に勤めても必要になるような一般的な学習内容に関する研修
・例えば、営業職でどういう方法で見込客にアプローチし、どのような営業トークをして、どうやってクロージングしていくかという内容
ウェブ研修はインターネットが使える環境であれば、どこでも研修可能なので、すき間時間等の有効活用ができ、効率が高まります。
さらに、今後増加すると予想される在宅勤務者に対しても容易に研修が可能となります。
結果、ウェブ研修は増える傾向にはあっても、減る傾向にはありませんが、もし、この研修が「労働時間に該当する研修」ならば、
○ウェブ研修の単元管理等を行う
○研修の標準時間を設定する
○人事考課とリンクさせる
○時間外に研修を受講したら残業代を支払う
等に注意しなければなりません。
上記の「受講時間の標準時間を設定する」のはなぜかというと、途中で止めながら受講し、本来の受講時間を大幅に超えることによる意味の無い残業代の支払いを防止するためです。
また、労働時間とすることにより、人事考課とリンクさせ、研修の効果が発揮できない社員に対し、査定等での調整を図ることも可能なのです。
単に「自宅で研修を受講させ、残業時間とはカウントしない」という「思い込み」でウェブ研修を導入すると、上記裁判のような結果となります。
そのため、ウェブ研修導入の意味をよく考えて運用することが大切なのです。