自宅待機命令に対して給与は支払うのか?

自動車整備士のお仕事・労務について労務相談室

せいび界2015年6月号Web記事

Q、自宅待機命令に対して給与は支払うのか?

「経理部の社員が経費を着服している」と告発があり、事実確認したところ、本人もこの事実を認めた。ただし、全容の解明が終わっておらず、証拠隠ぺいの恐れがあるので、ひとまず自宅待機とした。調査が終わるまで自宅待機を継続するつもりだが、この期間について、給与を支払う必要があるだろうか?

A、

まず、自宅待機についてですが、下記の2つの種類があります。

1、懲戒処分として行う自宅待機
→出勤停止、自宅謹慎、懲戒休職など

2、業務上の必要性から行われる自宅待機
→業務減少による出勤停止など

1の懲戒処分としての自宅待機は、就業規則に「その旨」を記載する必要があります。また、懲戒処分前の取扱いについても、明確にする必要があります。

一方、2の場合は会社の業務命令によって行うことができますが、運用をはっきりさせるために就業規則に記載することをお奨めします。今回の事例は1に該当し、その目的は「他の社員の動揺を抑える」「証拠の確保」ということです。

ただし、調査期間はその全容が確定している訳でもなく、この期間に給与を支払うべきか?という問題があります。

結論としては、不正発覚時から懲戒処分確定までは無給とすることができるのです。ただし、「不正発覚」という前提なので、「不正の疑いがあるので、自宅待機を命じた」というレベルは該当しないのですが、「不正の疑い」のレベルが相当黒に近いならば、無給としてもOKでしょう。このような場合の就業規則への記載は以下の条文を参考として下さい。

——————————————————————-

(自宅待機、就業拒否)
第○条 この規則に違反する行為があったと疑われる場合で、調査、処分決定までの前置措置として必要があると認められる場合には、会社は、社員に対し自宅待機を命ずることがある。

自宅待機を命じられた者は、自宅待機していること自体が労務の提供であり、勤務時間中自宅に待機し、会社が出社を求めた場合には、直ちにこれに応じられる態勢をとるものとし正当な理由なくこれを拒否することはできない。

また、会社は自宅待機中においては、通常の賃金を支払うものとする。2 前項に関わらず、社員の行為が懲戒解雇事由に該当し、若しくはそのおそれがある場合又は不正行為の再発若しくは証拠隠滅のおそれがある場合においては、会社は調査及び審議が終了するまでの間、就業を拒否することがある。

この場合、その期間中は賃金を支給しない。

——————————————————————–

また、これに関連する裁判があります。

<日通名古屋製鉄作業事件 名古屋地裁 平成3 年7月22日>

○運送、荷役を行う会社に勤務していた社員が、無断で他のタクシー会社で運転手をしていた
○就業規則には「許可なく他に就職したときは懲戒解雇に処する」という定めがあり、会社は調査を実施して本人を自宅待機とした
○社員がタクシー運転手を兼業をしていたことが明らかになったので、就業規則通り懲戒解雇とした
○社員はこれに対し、「勤務時間外のことなので、解雇は無効であり、自宅待機期間中の賃金請求」を主張し、裁判所へ訴えた

そして、裁判所は以下の判断をしたのです。

○勤務時間外において、社員は会社の支配を離れて自由であるが、勤務時間中の労務の提供に影響を及ぼすならば、一定の規制を受けることはやむを得ない(タクシー業は深夜勤務も多々あった)
○アルバイトだったとしても、余暇を利用する程度ではない
○懲戒解雇は有効
○不正の再発防止、証拠隠滅の恐れがある場合、実質的な出勤停止処分となる懲戒規定なので、賃金は支払わなくてもOK

そして、会社が勝訴したのです。この裁判では単なる自宅待機等は「賃金の支払いは必要」としていますが、「ほぼ懲戒処分」というものであれば、賃金支払いは不要ということです。

ただし、微妙な問題もはらんでいます。それは、会社側の恣意的な考えでの懲戒規定等の運用があった場合は、裁判等では否定されるということです。

当然、この場合は自宅待機中の賃金の支払いも必要となり、会社敗訴の裁判もあるのです(京阪神急行電鉄事件 大阪地裁 昭和37 年4月20日)。

これを避けるには、懲戒処分を決定する際に、

○該当者に弁明の機会を与える
○会社側の意見を複数の役員等で決める

等のことが必要となるのです。

就業規則に自宅待機等の規定が記載されていることは「必須」ですが、運用についても考えて実行しないと有効な処分とはならないのでご注意ください。

いつも解説している通りですが、「形式」+「運用」が両立し、法的な保全がされた処置となるのです。

 

ライター紹介

内海正人:日本中央社会保険労務士事務所 代表/株式会社日本中央会計事務所 取締役
主な著書:”結果を出している”上司がひそかにやっていること(KKベストセラーズ2013)、管理職になる人が知っておくべきこと(講談社+α文庫2012)、上司のやってはいけない!(クロスメディア・パブリッシング2011)、今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方!(クロスメディア・パブリッシング2010)

広告