飲酒を勧めたら、パワハラですか?

自動車整備士のお仕事・労務について労務相談室

せいび界2014年6月号Web記事

Q、飲酒を勧めたら、パワハラですか?

当社でも先月、新人歓迎会を開いた。その席で、新入社員に酒を注ごうとしたら、「自分は酒が弱いので遠慮します」と断られた。たとえ苦手でも、儀礼として飲むものだと押しきろうとしたが、「それってパワハラじゃないですか!」と言われてしまった。このケースはパワハラに当たるのだろうか?

A、

今年も多くの新社会人が誕生し、はや一ヶ月が経ったところかと思います。新人歓迎会ということでお酒の場も多かったのではないでしょうか。

ご相談の件は、簡単に言うと「俺の酒が飲めないのか!」ということです。もちろん、強引に勧めたり、飲めない社員に無理させる場合はパワハラに該当するでしょうが、その線引きはどうなるのでしょうか?

これに関する裁判があります。

<ザ・ウィンザーホテルズインターナショナル事件東京高裁 平成25 年2 月27 日>

〇平成20 年5 月11 日
上司と部下が出張先の居酒屋で飲んでいた
→部下は「酒が弱い体質」と断ったが、飲酒を強要されたと主張
〇平成20 年5 月12 日
夕方の帰路で部下は「体調が悪い」とレンタカーの運転を断ったが、運転させられた
→部下は「酒が残っている」と主張
〇平成20 年7 月1 日
帰社命令に反して直帰した部下に対し、携帯電話の留守電に怒りのコメントを残す
〇平成20 年8 月15 日
上司から「辞めろ、ぶっ殺す」と携帯電話の留守電に残っていた
○部下は適応障害を発して退職したが、これは上司の
パワハラが原因と主張し、会社と上司に対し慰謝料1,000 万円の支払いを求める訴えを起こした

そして、第一審の東京地裁(平成24 年3 月9 日)では、以下のような判断が下されました。

〇飲酒の強要は上司としての立場を逸脱した行為であるが、許容の範囲(酒量はコップ3 分の2 程度)
〇レンタカーの運転についても、部下が運転した時間は5 分から10 分程度なので、許容の範囲
→飲酒後12 時間以上を経過している(二日酔いとは言えない)
〇帰社命令違反については、直帰が常態化していたので、直ちに違反は微妙
〇平成20 年8 月15 日の携帯電話の留守電の発言は不法行為である
〇適応障害は上司のパワハラとは関係なし
〇不法行為に対する慰謝料70 万円の支払い命じた(会社が一部敗訴)

しかし、この結果に納得のいかない部下は控訴し、東京高裁の結果は以下のようになったのです。

〇飲酒の強要について「酒は吐けば、治る」などと言って、飲ませたことは、単なる迷惑行為ではなく不法行為(=パワハラ)
〇翌日の運転の件は、体調を崩していた部下に対して、わずかな時間でも運転させたことは、上司の立場を利用した不法行為(=パワハラ)
→本来は、運転させないという判断をしなければいけない
〇帰社命令違反は、就業規則に直行直帰は原則禁止となっているが、発言の内容が不法行為に該当する
〇平成20 年8 月15 日の携帯電話の発言は不法行為(=パワハラ)
〇適応障害は上司のパワハラとは関係なし
〇不法行為に対する慰謝料150 万円の支払いを命じた(会社が一部敗訴)

この東京高裁の決定は
〇上司の立場を利用した行為かどうか?
〇上司の行為が普通の人が考える許容の範囲を大きく超えているか?

がポイントとなっています。そして、パワハラを受けた結果について、地裁と高裁の判断は異なっています。

地裁では、部下のお酒の弱さに関する資料が提出されており、その範囲では「飲み過ぎではないので、不法行為とは言えない」とされました。

しかし、高裁では部下の問題ではなく、上司の行為そのもので結果を導いています。

さらに、車の運転に関しても地裁では「5 分から10分程度の運転」なので許容範囲としましたが、高裁では「体調不良者に運転させること」が不法行為に該当するとしたのです。

このようにパワハラによる不法行為の線引きは厳しくなっています。仮に、部下が二日酔いにならなくても、上司が立場を利用しての行為はパワハラと認定されてしまう可能性が高くなっています。

また、この裁判でも留守電の記録が証拠として採用されていて、感情にまかせた発言がダイレクトにパワハラと認定されているのです。

このような観点からも、社長や上司の発言は慎重に行わなくてはいけないということなのです。
現場でこの話をすると、多くの社長が「寂しい世の中になったね……」とこぼされますが、時代の流れで考え方が変わって来たのも事実です。

お酒が入ると勢いもつき、行き過ぎた行動になるケースもあります。社長や役員の仕事は楽しく飲むことだけではなく、そういう管理職の行為を早め早めに察知し、制することも仕事なのです。

 

ライター紹介

内海正人:日本中央社会保険労務士事務所 代表/株式会社日本中央会計事務所 取締役
主な著書:”結果を出している”上司がひそかにやっていること(KKベストセラーズ2013)、管理職になる人が知っておくべきこと(講談社+α文庫2012)、上司のやってはいけない!(クロスメディア・パブリッシング2011)、今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方!(クロスメディア・パブリッシング2010)

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