自動車整備士のお仕事・労務について労務相談室
せいび界2014年4月号Web記事
Q、異論なしは承諾の証?
まだまだ経営は厳しく、先日、ついに全員の減給を言い渡した。まさに発表時には多少のざわつきはあったものの、その後数日は待てど暮らせど、反対の意思表示どころか了承の意思表示もなかった。 仕方なく全員了承したものとして減額した給料を支給したところ、ようやく社員の一人から「了承していない減給は法律違反だ」と言われた。果たしてそうなのだろうか?
A、
アベノミクスで「給料を上げよう」と叫ばれていますが、中小企業はまだまだ厳しいところが現実です。
実際、私の所には多くの会社から今回のケースのように「給料を下げたい」というご相談があります。
しかし、給料を下げることは社員にとっては厳しい問題でもあり、法的にも「労働条件の不利益変更」に当たり、社員の同意がなければ禁止となっています。
ただし、同意がないままに減額し、単に社員が下がった給料をもらい続けたら、これは「承認した」とみなされるのでしょうか? これに関する裁判を紹介します。
<技術翻訳事件 東京地裁 平成23 年5 月17 日>
会社の業績が悪化したため、社員の給料を20% 下げることとしました。役職者のみが参加する会議がもたれ、制作次長は反対しました。役職者以外の社員にも説明はされたましたが、実質的に異議を述べる機会は与えられず、減額された給料が振り込まれました。制作次長はその時は抗議を行いませんでした。その後、制作次長は退職し、「減額は違法である」と裁判に訴えました。
それに対し、裁判所の判断は次のようになり、会社が敗訴したのです。
○給料は労働条件の最も重要な要素であるので、合意内容を書面化することが望ましい
○就業規則に基づかない給料の減額は、賃金債権の放棄と同じぐらい厳格に行うべき
○社員から合意書などの承諾がない場合、それに代わる合理的な事情がなければ認められない
○本件は合意書面がなく、また、これに代わる合理的な事情がない
以上により、会社が敗訴したのです。この裁判のポイントは
○合意書等の書面があれば、給料の減額を認める
○書面等がなくても合理的な理由があれば認められる
という点です。
しかし、実際に合意書がなくても認められている裁判もあります。
<エイバック事件 東京地裁 平成11 年1 月19 日>
〇会社の資金繰りがひっ迫したため、社員の給料を固定給から固定給と歩合給に変更した
〇説明会で変更の同意を求めたところ、その場で反対する社員はいなかった
〇減額された給与が振り込んだが、異議を述べる社員もいなかった
〇その後、この状況に納得できない社員が裁判を起こした
そして、裁判所は「黙示の合意が認められた」として、会社が勝訴したのです。
この2つの裁判の違いは「書面がなくても合理的な理由があるかないか」ということです。具体的には、
○給料が下がるという不利益について、社員に周知徹 底されていたか?
○公的な説明会の場など、異議を申し立てる機会が適 正に与えられていたか?
ということがポイントになります。
また、以下の要素も加味されて判断されています。
○社員が被る不利益の程度
○会社の変更の必要性、内容、程度
○変更後の就業規則、給与額の相当性
○給与を減額する代償としての措置、その他の労働条 件の改善状況→例:労働時間の短縮
○社員等との交渉の経緯
○同業他社における状況
以上のように給料を下げることについて、必ず合意書が必要というわけではありません。
しかし、合意書がなくても給料を下げることが法的に認められるには社員の合意は必要です。また、後でトラブルを回避することを考えれば、合意書を提出してもらった方が無難です。
さらに注意するポイントがあります。それは就業規則や賃金規定で給料の金額等が明記されている場合※で、変更後にそれらの規定を従前のまま放置した場合です。
※役職の階層ごとの賃金テーブルがある場合など
この場合、合意書により減額された給料の額よりも、就業規則や賃金規定の給料の額が上だったら、就業規則や賃金規定の条件が優先してしまうのです。
ですから、給料の減額(不利益変更)と就業規則や賃金規定の改定は必ず「同時に」行ってください。そうしないと、苦労して合意書を集めても、無駄になってしまうのです。ご注意下さい。
ライター紹介
内海正人:日本中央社会保険労務士事務所 代表/株式会社日本中央会計事務所 取締役
主な著書:”結果を出している”上司がひそかにやっていること(KKベストセラーズ2013)、管理職になる人が知っておくべきこと(講談社+α文庫2012)、上司のやってはいけない!(クロスメディア・パブリッシング2011)、今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方!(クロスメディア・パブリッシング2010)