自動車整備士・整備工場の労務相談室
せいび界2012年8月号Web記事
Q1、うその理由で有給休暇バレたら欠勤扱い?
ある社員が「病気だから休みます」と言ってきたので、有給休暇を認めた。しかし、 本当は海外旅行をしていた。他の社員のスケジュールをなんとか調整し、有給休暇を与 えたのに、嘘をついたことが許せない。この休みを欠勤扱いにできないだろうか。
A1、
今回のご相談はありえないレベルの話ですが、そう言っても始まりません。具体 的な対応方法を考えてみましよう。
まずは、有給休暇の定義を考えます。有給休暇は
○本来の休日以外に取得することができる有給の休暇
○社員等に与えられる権利
です。ただし、業務が忙しい日に有給休暇の申請があった場合、会社は休暇日をずらしてもらう権利があります。
また、有給休暇の利用目的について法律では制限されていません。つまり、「有給休暇は自由に使ってよし」ということです。
この有給休暇の使途について、参考となる判例があります。
<林野庁白石営林署事件 昭和48年3月最高裁>
○ Aは林野庁に勤務する公務員
○有給休暇を2日間取得することを休暇簿に記載し、休んだ
○ Aは休んだ2日間に他の営林署で行われた労働組合の活動に参加
○上司は労働組合の活動に参加したことを理由に有給休暇を認めなかった
○この2日間を欠勤扱いとして賃金から差し引いた
○Aは国に対して、差し引かれた分の賃金の支払い求めて提訴した
この裁判はもつれて、最高裁まで進みました。
そして最高裁は
○有給休暇は有効に成立している
○ Aに2日間の賃金を支払うべき として、職員側が勝訴したのです。
つまり、有給を取得する理由により、「認める、認めない」という区別は許されないのです。ですから、ご相談のケースも「嘘をついていたとしても」有給休暇を欠勤扱いにすることはできないのです。
しかし、社長の気持ちはこのままでは収まらない状態です。たしかに、法律では有給休暇の取得目的は制限されていません。しかし、会社側にも権利があり、取得目的を聞くことはできます。そして繁忙期ならば、休暇日をずらしてもらうことができるのです。ただし、 本人の病気や冠婚葬祭などの場合は認めるべきで、代替要員の手配などが必要です。
しかし、今回のご相談では、社員は明らかに「嘘の報告」をしています。また、他の 社員の犠牲の下に有給休暇を取得しています。
だから、何らかのペナルティーを与えないと今後の会社運営に影響が出ます。そこで、 就業規則等に住所、家庭関係、経歴その他会社に申告すべき事項及び各種届出事項について虚偽の申告を行わないこと
と記載しましよう。そして「所定手続きを怠ったときには懲戒の対象となる」とも明記しましよう。
もちろん、違反した場合
○訓戒 (くんかい) 口頭もしくは文書によって厳重注意をし、反省させる
○誕責 (けんせき) 始末書を提出させ、反省させる など懲戒処分となる旨も記載しましよう。
当然、懲戒となれば、賞与の査定にも影響します。こういう「実際の痛み」を伴うことも必要で、その処分を行うための就業規則などの整備が大切なのです。これが職場の秩序の維持につながります。法律では「有給休暇の取得理由は間われない」となってい ますが、「会社に嘘の報告をしていい」ということではありません。
結論として、今回のご相談は欠勤扱いすることはできませんが、懲戒の対象にすることはできるのです。
ただし、これを行う場合は就業規則などがあることが前提となり、これがなければ、「嘘 をついても有給休暇を取得できる」となるだけです。ですから、就業規則できちんとルー ルを決めておくことが大切なのです。
そうすれば、外れる行動を起こす社員はそうそう現れません。「いけないことはいけない」と明文化することにより、防げることがたくさんあるのです。大人とはいえ、あり得ない行動が世の中にあることも事実です。
そのためにも、就業規則などの整備を行わないと、社内のバランスが崩れることもあるのです。
Q2、転勤命令にしたがわない場合は?
隣県にタイヤショップを新設したので、整備士に転勤命令を出したところ「介護が必要な親を抱えているので、転勤したくないのですが…」と相談された。しかし、個別の事情を考えている余裕がなく、また、他の社員とのバランスもある。こういう場合、 どうすればいいのだろうか。
A2.
会社は社員に対し、「いつ、どの社員を、どこに配属するのか」を決めることができます。そして、これは会社の裁量で決めることができるのです。しかし、会社に認められる裁量の範囲を超えると、法律違反となる場合があるのです。
では、どんな時に法律違反 (=転勤命令が無効) になるのでしようか。
まず、「転勤命令」が就業規則に書かれていない場合です。しかし、これは就業規則で決めれば即解決です。ただし、就業規則に書かれていても、次の場合は無効になる可能性があるのです。それは、
○業務上の必要性がない転勤
○社員の生活費が増えることなどを考慮していない転勤
→例:引越しが必要な場合で、社宅を用意しない
→例:引越しが必要な場合で引越し費用、家賃補助を出さない
○不当な動機、目的のある転勤
→例:辞めさせるために異動させる
などです。
また雇用契約で
○仕事の内容
○勤務場所
が限定されていれば、転勤命令は無効となります。
ちなみに、ご相談を受けた会社の就業規則には「業務上必要のある時は、配置転換を命ずることがある」と定めてあります。就業規則にこのような記載がある場合、転勤命令は有効です。しかし、ご相談のケースでは気になることころがあります。
それは、「家族の介護」についてです。
例えば、こんな判例があります。
<日本電氣事件(東京地裁 昭和43年8月31日判決)>
○会社が配置転換の人事異動を発令した
○社員は「家族に病人を抱えているので無理」と主張
そして、争いになったのです。
判例は「家族に病人がいることを考慮すると、配置転換命令は無効」となりました。
この判決もあるので、「就業規則に記載=すべてOK」ではありません。社員の個別事情を考えなければならないのです。しかし、この場合に「どこまで考慮するか」がポ イントです。
具体的には
(1) 代わりの社員がいるか?
(2) その社員が転勤になると、家族の介護にどんな影響があるのか?
(3) 介護に関する民間のサービスを会社負担で利用できるのか?
などです。
このような判断基準がポイントになるので、憶えておいて下さいね。実際、これらを 考慮した転勤命令が有効になった判決もあります。
大切なことは
○就業規則に「転勤命令」に関する事項が記載
○個別事情については、(1)〜(3)などの基準を考慮 して、転勤命令を出すことです。日本の高齢化が進み、親の介護をする人も増えていま す。トラブルが起こらないようにして下さい。
ライター紹介
内海正人:日本中央社会保険労務士事務所 代表/株式会社日本中央会計事務所 取締役
主な著書:”結果を出している”上司がひそかにやっていること(KKベストセラーズ2013)、管理職になる人が知っておくべきこと(講談社+α文庫2012)、上司のやってはいけない!(クロスメディア・パブリッシング2011)、今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方!(クロスメディア・パブリッシング2010)