自動車整備士・整備工場の労務相談室
せいび界2011年11月号Web記事
Q、残業を拒否されたら?
ウチの整備工場は、いくら整備士を増やしても追いつかないほどの入庫がある。このご時勢ではありがたいことなので、それこそ残業してでもこなすというのが暗黙の了解というか、指示せずとも当たり前になっている。
しかし、先日雇った整備士はいくら言っても、「5時までが就業時間で、それから後は自分の時間ですから残業は嫌です」と言って反発をする。どうしたらいいか?
A.
最初に労働時間の法的な定義を確認しましょう。
○1日8時間まで
○1週間40時間まで
これを超えて働くことは法的に許されていません。
しかし、これを超えてもOKな場合があります。それは、
○会社と社員で、残業と休日出勤の時間を決める
○決めた時間を書面(協定書)にする
○この書面を労働基準監督署に提出する
○残業を命令し、従業員が同意する
という場合、「決まった時間内」の残業はOKとなるのです。ただし、
○就業規則に定めがある場合
○その内容に合理性がある場合
は、社員の同意は必要ありません。これに関する判決をご紹介しましょう。
<日立製作所武蔵工場事件、平成3年11月>
この事件は
○従業員が残業を拒否し、懲戒処分になった
○その従業員は「残業に従う義務はない」と主張
○始末書の提出を拒否 → 懲戒解雇
となったのです。
結局、裁判は「残業命令に従わない解雇は有効」としました。つまり、「通常の残業命令は有効」ということです。逆にいえば、合理性のない残業命令は法律違反となるのです。だから、「命令の合理性」が重要な要素なのです。合理性の例を挙げると、
○納期が迫っている
○繁忙期である
○チームプロジェクトである
などです。
だから、「合理的な命令 → 合意」という流れが必要なのです。当然、上記の協定書も必要です。ここで決める内容は
○残業時間
○1ヶ月の休日出勤の日数
○残業、休日出勤の理由
○仕事の内容
○残業できる社員の数
などです。
しかし、これらを決める前にやるべきことがあります。それは、
○就業規則で残業命令を出せる旨を定める
○命令違反についてのペナルティを決める
ということです。
もちろん、これがあっても、いきなり懲戒処分にはできません。もし、従業員が残業を拒否したら、
○その理由を聞く
○理由がなければ、命令を守らせる
○それでも拒否するなら、処分する
さらに改善されなければ、懲戒解雇も考える
という流れです。
残業を拒否する人が出ると、他の社員の士気にも影響します。そのような事態になる前に、
○就業規則などのルールの整備
○その適正な運用ができる環境整備
をしましょう。ここでは法的なことを書きました。
ただ、本当に怖いのは「社内の雰囲気に悪い影響が出る」ことです。1回、そういう流れになると、悪循環から抜け出すのに時間がかかります。社長にも社員にもストレスが溜まります。そうなる前にきちんと整備をしておきましょう。
就業規則などの整備は「病気の予防と同じ」です。今は痛みを伴っていないので、危機感がありません。しかし、痛くなってからでは遅いのです。そうなる前に必要なことを整備しましょう。
Q.突然の退職申し出は受けなくてはいけない?
ある社員が月も半ばを過ぎた頃に、突然、「今月末で退職したい」と言い出した。一般的には、引き継ぎ等の準備もあるため、退職日の30日前までに意思表示をするものだと思うが……。
A.
たしかに、就業規則では「退職は退職日の30日前までに伝えてください」となっていることが多いです。しかし、法律(民法)では「退職日の2週間前までの意思表示をすればOK」となっています。
だから、法的には「2週間前までの意思表示」でOKです。しかし、現実的に2週間では、
○後任の人事、採用が難しい
○引き継ぎが難しい
などの支障があります。
結果、就業規則では「現実的な30日前」を基準にしているのです。この場合、「法的には」2週間前までが有効ですが、当然、裁判などになれば法律が優先されます。
しかし、一般的には「現実的な30日前」が容認されています。業種により、もっと長期間が設定されている場合もあります。つまり、多くの会社の就業規則は「民法に則していない」のです。
それから、別の例を挙げましょう。入社時の書類についても同じです。就業規則では、「入社後10日以内に書類を提出すること」となっている場合もあります。しかし、法律(健康保険法、厚生年金保険法)では、社会保険は「入社から5日以内」に加入の手続きをしなければなりません。
これを現実的に考え、
○法律上・・・5日以内
○実務上・・・10日以内(この場合は)
とし、一般的に「容認」されているのです。つまり、この場合も就業規則が法律に則していないのです。
いずれの場合も「就業規則と法律のギャップ」が生じているのです。ただ、就業規則の方が現実的な設定です。
だから、多くの会社で、「法律に則していないことが容認された終業規則」を作っているのです。むしろ、そうすることが現実的なのです。しかし、市販されている就業規則の本は「法律に忠実」です。というよりも、「法律の言葉」そのものが書かれています。
それは、あくまでも雛形だからなのです。個別の事情を考慮せず、教科書的なのです。もちろん、労働法に関しても「忠実に」守られ、非現実になっています。だから、「市販の雛形に社名を入れて使う=非現実的な就業規則」となってしまうのです。
もちろん、労働法は従業員を保護するための法律です。しかし、何でもかんでもきっちり作ると、「経営の自由度」が落ちるのです。また、労働法は「白か黒」で決められないこともたくさんあります。
つまり、グレーゾーンの幅が広いのです。この中で「現実的な落とし所」を決めなければなりません。結果として、
○民法、健康保険法、労働法などの法律
○現実問題としての会社の自由度
を考慮して作らなければならないのです。そうしないと、「役所に届けるための就業規則」となってしまいます。10人以上の従業員がいる会社は、
○就業規則を役所に届けることが「義務」
○就業規則を従業員に知らせることが「義務」
となっています。法律は毎年のように変わります。だから、会社のルールもそれに合わせて変えなければならないのです。
ライター紹介
内海正人:日本中央社会保険労務士事務所 代表/株式会社日本中央会計事務所 取締役
主な著書:”結果を出している”上司がひそかにやっていること(KKベストセラーズ2013)、管理職になる人が知っておくべきこと(講談社+α文庫2012)、上司のやってはいけない!(クロスメディア・パブリッシング2011)、今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方!(クロスメディア・パブリッシング2010)