Q、優秀な人材が他社へ引き抜かれた。法的に取り戻すことは?
今や整備工場でもクルマを売らなければ安定した経営が見込めない現在、わが社には成績優秀な営業マンがいて、なくてはならない存在だった。しかし、そうした人材は他社であっても喉から手が出るくらい欲しい訳で、今でもあきらめきれないがライバル会社から引き抜きに遭ってしまった。法的に呼び戻すことはできないのか?
A、
転職、スカウトなど、仕事を変えることは珍しくはないご時世になっています。不景気とはいえ、人材紹介業なども盛んに活動していますし。しかし、「引き抜き」となると話は変わってきます。
なぜならば、会社としては「引き抜かれた」ことで、損失が発生するかもしれないからです。たしかに憲法では「職業選択の自由」がありますから、「単なる転職の勧誘」は違法にはなりません。しかし、違法となった判例もあります。
<東京コンピューターサービス事件 平成8年12月 東京地裁>
○元営業次長が新会社を設立
○本社及び子会社の社員約200名に転職の勧誘を実施
○その事実を知った会社が裁判を起こした
そして、裁判所は
○勧誘が会社の存在を危うくしている
○大量の社員を対象としている
○会社の公式行事に加入していた
○元営業部長は準役員的な立場であった
などを理由に、この勧誘は「違法」と判断したのです。つまり、会社が勝ったのです。この裁判では、引き抜きが「単なる勧誘」の域を超えていたのです。
ここで「勧誘」の域を超えるかどうかのポイントを整理します。それは、
○計画的に勧誘されていた
○大量の従業員を引き抜こうとした
○幹部従業員であるのに、経営の利益を侵害した
などがポイントになりました。しかし、会社が負けた判例もあります。
<TAP事件 平成5年8月 東京地裁>
○学習塾の講師が退職
○同じ業態で仕事を開始
○元の学習塾の講師が勧誘され、転職した
そして、会社は「違法な引き抜き」として裁判を起こしました。しかし、裁判所の判断は、
○具体的に引き抜き行為を計画していない
○自発的に転職した可能性も大きい
として、この行為は違法ではないと判断しました。この2つの判決を比べると、「勧誘」という行為は同じでも、
○計画性の有無
○勧誘した人の会社での地位
が異なります。
だから、「役員等」が「計画的に」部下を誘ったら、「違法」となる可能性が高いのが、過去の判例です。単に「元上司が誘った」は「違法」とはならないでしょう。ここが「違法な引き抜き」か、「仕方のない引き抜き」かの分岐点になる可能性が高いのです。
それから、引き抜かれた社員への対応を考えてみましょう。この場合、退職金制度のある会社であれば、「退職金を支給しない」という方法があります。ただし、これを実施するには、就業規則や退職金規定で、次のように決めなければなりません。
「業務の都合を顧みず退職し、業務に著しく障害を与えた場合、退職金は支給しない」
この一文の有無が退職金を支払うかどうかを分ける場合もあるのです。
「転職=企業秘密の漏洩」という問題になる場合もあります。ちなみに、この場合は就業規則に下記の条項を記載することにより、抑制効果が生じます。
<服務規程>
第C条 従業員は次の各号に該当する行為を行ってはならない。
○会社に属するコンピュータ、電話(携帯電話を含む)、ファクシミリ、インターネット、電子メール、その他の備品を無断で私的に使用する
○会社及び関係取引先の重大な秘密及びその他の情報を漏らし、あるいは漏らそうとする
○服務規程に違反した場合、懲戒処分とする→重い場合は解雇
いずれにせよ、優秀な社員が引き抜かれることは会社にとっては大きな損失です。もちろん、「その引き抜きが違法かどうか」ということは大切です。しかし、もっと大切なことは「引き抜かれない会社を作ること」です。
転職する社員は「必ず」、「今の会社にいるメリット<転職するメリット」、「今の会社にいるデメリット>転職するデメリット」と考え、転職するのです。当然、一社員が思っていることは、他の社員も思っていることが多いでしょう。
実際、私がご相談をお受けする中でも、離職率が非常に高い会社もあります。こういう会社は労使トラブルも結果として多くなります。つまり、会社としての体制ができていないのです。
こういう会社は「就業規則がどうのこうの」と言う前に、企業風土、働く環境を見直すべきです。もっとも、ワンマン社長でこういうことを見直すこともままならないことも多いのですが……。
たしかに、私は就業規則、雇用契約書などのことを細かく解説します。ただ、その手前でもっと大切なことがあるのです。それをさらに保全するために、就業規則、雇用契約書などの形式が非常に重要なのです。
この両輪が回って初めて、組織が動いていくのです。もし、
○社員との関係がうまくいかない
○社員とのトラブルが多い
○短期的に辞めていく社員が多い
という状況ならば、まずはこの両輪を見直してください。
この状況に陥っている会社は、
社員の採用コスト
社員の教育コスト
が多額にかかり、コスト的にも悪循環になっている場合があります。そういう意味でも、「働く環境」と「就業規則」という両輪をきちんと決めておくべきなのです。
ライター紹介
内海正人:日本中央社会保険労務士事務所 代表/株式会社日本中央会計事務所 取締役
主な著書:”結果を出している”上司がひそかにやっていること(KKベストセラーズ2013)、管理職になる人が知っておくべきこと(講談社+α文庫2012)、上司のやってはいけない!(クロスメディア・パブリッシング2011)、今すぐ売上・利益を上げる、上手な人の採り方・辞めさせ方!(クロスメディア・パブリッシング2010)
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